、……私ども、なによりも先ず、この日本人でありまして――
伴 わかっとる。そりゃ、わかっとるから……ハッキリいってくれても、それでどうこうという事はないから、安心して、ふくぞうなくいってくれたまえ。……つまり、ホンの参考のために聞くだけだからね。
人見 はい。それはもう――
伴 必ずしも、そいつが天国といったようなものでなく、現にこうしている実際の世の中であるという考えかた……信仰……も有り得るわけだろ?
人見 はい。まあ、それは有り得るには得ますけれど、それにしても、その点ハッキリなに[#「なに」に傍点]しているのは、すくないと思いますが――信仰上のことはバグゼンとした事が多うございまして――つまり、そういう考えにしましても、なんです、この、私どもの、信仰と努力によりまして、この世の中をすこしでも神の国に近いものにしたいという願い、希望……そんなものじゃないだろうかと――しかし、その、わが国がです、今、こうしてなに[#「なに」に傍点]しているのでございますから、それはそれとしてです、私ども――
伴 よろしい。……そこでだねえ、いや、ええと、君たちの方には、掟《おきて》が有ったね? つまり、キリスト教徒なら、これこれの事はしてはならんという、つまり戒律というかね……それを聞かせてくれたまい。
人見 はい。あの……。
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(扉にノック)
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伴 ……(そっちを見て)はいれ。
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(制服の下士が入って来て、人見には目もくれず、伴の四五歩前でカガトを鳴らして止り、注目挙手)
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伴 ……(あい変らずねむそうな眼で)なんだ?
下士 ただいまから、田中杉雄、君塚三次、本田菊次郎の三名を本部向け護送し、司令部内、斎藤法務官殿に引渡します。
伴 うむ。そいで、三人ともなり、その中のどれかを向うに残す必要が有ったら、そうしてくれるように。ただその場合には受領證といったものでもいただきたいと、そういって――。
下士 は。三人とも、又は中のいずれかを向うに残留させる場合は法務官殿より受領證をいただいてまいります。
伴 よし。
下士 それから、三人の中で君塚と申しますのが、口から、かなり多量に出血しておりますが、そのままでよろしいでありましょうか?
伴 どうしたんだ? 舌でもかんだか? いや、あれは外務省などに出入りしたりして、おとなしい様子はしているが、もともとシベリヤ方面をウロついたりした事もある男で、いけないとなったらそれぐらい、やりかねない。
下士 いえ、そういう形跡はありませんです。
伴 そうかね、じや、訓練がすこし過ぎたんじゃないか?
下士 いいえ……はあ。……わたくしは――。
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(プツンと言葉を切って不動の姿勢で壁を見ている)
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伴 ……(その棒のような相手の顔を見ていて、しまいにニヤリと笑って)いいさ。――だが、あまり手荒らく扱ってはいかんぞ。……医者に見せたりせんならんで、あとがめんどうくさい。……で、あの雑誌記者は、どうしてる?
下士 あれは、昨日から非常にしゃべりだしておりまして、今朝も自分から是非申しあげたい事があるといって聞きませんので、須山中尉殿の方へ、さきほど出頭させることに――はあ。
伴 例の――なには、カケて見たかね?
下士 昨日、三回ばかり。かなり効果があります。
伴 四号の男にも、かけたか?
下士 はあ。しかし、あれには、あまり効果がありません。電圧をあげますと、ただ、卒倒するだけでして――
伴 よし。じゃ、あれを、此処に連れて来させるように、いっといてくれ。よろしい。
下士 は。それでは――(挙手の礼をして室を出て行くべく扉を開ける。その開いた所へ、出あいがしらに、廊下の方からフラフラと入って来る雑誌記者浮田。久しく着たきりでヨレヨレの背広の背中やズボンが裂け、蒼白な顔が動かず)
下士 ……こっちじゃないお前は。向うの須山中尉殿の室だ。
浮田 はい。(かがとを鳴らして足をそろえて不動の姿勢になり、伴の顔に注目したまま、いきなりべラべラとしゃべりはじめる)申しあげます。この、日本を主導者とする東亜共栄圏の確立は、すでに東洋全体の必然であると同時に、世界の必然であり、必要であります。政治的経済的に、この事は立證されることは、もちろんでありますが、更に文化的にも哲学的にも立證することのできるものでありまして、人生と社会と国家及び諸国家の連合などに関するヨーロッパ的理念は、もはや崩壊しておりまして、その点、くわしく具体的にのべておりますと、くだくだしい事になりますから、省略いたしますが、私が考えに考えたあげく到達しました結論だけを申しあげるのですが、その、ルネッサンスにおいてキャソリシズム
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