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 東亜計器工場の人事課長室。夜。周囲は全部まっくらな中に、燈火管制用のエンスイ形の電燈がテーブルの上をカッと照らしている。その光の中で、テーブルの正面に坐って、話している課長。はじめ、こちらに話しかけているかと思える。しかし実は、聞かされているのは、テーブルのこちらに、背を見せてションボリ腰かけている片倉義一。義一の姿は、逆光のため、おそろしく大きなボンヤリしたシルエットになっている。そのシルエットに区切られた光の輪の中で、シルエットに向って――こちらに乗り出して、心労と恐怖と脅威の入れまじった、低く押しころした早口でしゃべる課長の顔の、ふくれあがった鼻腔やブルブルふるえる頬のシワまでハッキリと見える。(クローズ・アップ)義一のシルエットが、時々、課長に向っておじぎをする。
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課長 ……でねえ、その、アカでないという事だけは、むこうでもハッキリしたらしい。最初は、てっきり、そうと思ったらしいんだ。そうだろう。今どき、そんなムチャな人間が居ようたあ、君、誰が考えたって、そうとしか思えないからね。また、本人が先方へ連れて行かれてから、いろんな事をいったらしいんだ。ああいう男だからね、正直というか薄バカというか……そりゃ、たしかに、この、聞いて見るというと、共産主義とか無政府主義なぞと共通した所が有るからねえ。いやキリスト教には限らない、仏教にしろ、なに教にしろ、この教義をしらべて見るというと、つまり、仏教でいえばオシャカさん、ヤソでいうとキリストがいった事は、或る意味からいえば、たしかに、アカに共通するものがあるんだ。それを又、君んとこのは、その通りにベラベラとやるんだろう。いや、とにかく、恐ろしいものが有るんだ。この、ここんとこに当てがって、電気を通じるんだ。すると、頭が、あれで、どんなふうになるのかねえ、手や足がピキピキと引きつるようなカゲンになって、さ、三度四度とそれにかけられると、どんなシブトイ人間でも、そりゃもう、グナグナになってしまうんだ。向うから持って来た器械とかいっていたね。いやどうも、見ちゃいられない。しまいに、こうしてダラリと舌を出してしまう。いや、どうも、……で、まあ、大体、アカではないようだというような事になって、まあ、私の方は、いくらかホッとしたんだ。考えても見たまい、内の工場は、さきおとどし、やっとまあ[#「やっとまあ」は底本では「やつとまあ」]、時計工場から飛行計器の製作に切りかえて、指定工場になったばかりだ。そこの工員の、しかも熟練工の中からアカが飛び出して、戦争反対をしたとなると、もちろん取りつぶしだ。ヘタをすると、私ども主脳部はみんな、ひっくくられてしまう。だからまあ、とにかく、そんな事になって[#「なって」は底本では「なつて」]、ひと安心だが、それにしても、又どんな事になって、指定工場を取り消しになったりしないとも限らんから、なんとか大至急、処置をしなければならん。それも、外部へはもちろんの事、工場内部でもだ、この間題がパッとしない内にだね、一刻も早くなんとかしないと、えらい事になる。わかるねえ、その点は?……(義一のシルエットが大きくうなずく)うむ、そいでまあ、あんたにも夜分に御足労をかけたわけだが……そんなわけだ、本人には、まあ、もちろん、会社から引いてもらうとして――そりゃ、これまであんなにおとなしい、それに腕は立つからねえ、会社としては――特にこの、今の時計の方でも又始めるとなると、部分品の工作となると、あんたんとこの息子以上の腕ききは先ず居ないからね、会社としては惜しいのだが、まあ、あきらめてもらいたい。その方は問題ないとしてだ、弟だねえ、旋盤の方に居る、ええと――明君か。(義一のシルエットうなずく)片倉明。これにも、いちおう、引いてもらいたいんだ。工員たちには、この問題はかくしてあるが、でもみんなウスウス知って来たらしいね、若い者ばっかりだし、とにかく、この戦争に負けちゃならん、それには飛行機を一機でも多く、一刻でも早くと、みんなで火のようになっている最中だろう? そんな国賊が我が社から出たのは捨てて置けん、とまあイキリ立っている連中も居るんだ。その弟だからねえ。当人には責任はなくってもだ――二、三日前にも、明君を取り巻いて、なぐるといって騒いでいる連中が有ったりしてね。いやいや、兄きの事は別に表立って誰もいわないさ、その時も、衝突の理由は、なにか仕事の上の事さ、折よく私が行き合わせて、みんなをなだめてやったが――そんなわけで、いつなんどき、爆発するかわからない。そんなふうでは、旋盤部全体がうまいぐあいに行かんし、すると、この、大事な増産のジャマになる、第一、明君当人がおもしろくないだろう? そいで、まあ
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