ええ、それでこの……住む所なども、行きあたりバッタリに、方々の宿屋だとかなんかに、この――
人見 ふむ。……
小笠原 先生、いかが? やっぱり、向うのは、すばらしゅう[#「すばらしゅう」は底本では「すばらしゆう」]ござんすわ。口の中で、まるで、とろけるみたい!
木山 (デセールの皿を持ってツカツカこっちへ来て、二人に皿を出して)どうぞ。
人見 やあ、どうも。ごちそうさま。(一つつまむ)
木山 (友吉に)あなたも、どうぞ!
友吉 はい。あの、いいんです、僕は。いいんです。
木山 先生、妹さん、どうかしました?
人見 ええ、いえ、――(友吉に)ありがとう。いや、至急に、その、会うとか――君の家にも、そのうちに行って――(話を打ち切るように)どうも、ありがとう。
友吉 いえ、そんな――ただ、僕にも、責任が有るような気がするもんですから、一度先生に御相談して――
人見 いや、ありがとう。私も考えてみます。……(すぐわきに立って注意して聞いている木山に、牧師として習慣的になった笑顔を見せて)やあ、ハハハ、いえね、――この人は、なんですよ、片倉君といいまして、此処の会員だったんですが――
木山 (きげんよく、友吉にエシャクして)そうですか。……いかがです?
友吉 ありがとうございます。いえ、いいんです。(はにかんでいる)
木山 先生の妹さん、どうなさいました?
友吉 あの――
人見 (急に今までの調子とちがった、すこし過度に快活な声を出して)いえね、木山さん、この片倉君は、戦争中、なんですよ、戦争に反対して、召集令状を受けても出征するのをことわりましてね、そのために憲兵隊やケイサツにつかまって、ひどい目にあったんですよ。
木山 え? 戦争に反対? ……(急に非常な興味をもって、眼を輝かして友吉を見る)そうですか! そんな人が、日本にいたのですか!
小笠原 へえ……まあ、そうなんですの、この方が?(珍らしいケダモノを見るように友吉を見あげ見おろす。そこへ竜子が盆の上に茶器をのせたのを持って奥から出て来て、それをテーブルの上にのせながら、話を耳に入れてビックリして友吉を見つめる)
人見 この人の、その、左の腕の不自由なのは、その時の拷問のためでしてね。それから家族の人達もいろいろと迫害されて、お父さんはそのために自殺しました。そのほかいろいろと……私なども、かなりいじめられましたよ。ハハ。今になって見ると、まるで夢のようですが、実に、片倉君の強さというか――キゼンたる態度ですね、ホトホトどうも、なんです――(笑いながらほめあげる調子が、ほとんど憎悪に近い。友吉は、四人の視線に射すくめられて、赤い顔をして小さくなっている)
木山 (彼だけは、率直な好意で友吉のそばに寄って行き)すると、なんですか、日本のはじめた戦争が、まちがった戦争、――シンリャク戦争でしたから、反対なさったのですね?
友吉 はい……(コックリをする)でも――
人見 もちろん、それもあります。しかし、それと同時に、それがどんな戦争であろうと、戦争という――つまり人が人を殺し合う暴力に反対なんですよ、片倉君は。つまりクリスト教の信条によってなにされたんですから。クリスト教徒なんですよ。
木山 そうですか。すると――日本のクリスト信者の中に、ほかにも、そんな人がたくさんおりますか?
人見 いや、そりゃ――なんです――ほかに聞きません――居たかも知れませんが――私の知っている限りでは――
小笠原 アメリカやイギリスには、そんな人は有りまして? あの、あちらは、キリスト教国なんでしょうから、この――
人見 しかし、と同時に、片倉君は、ガンジイなどの影響を非常に受けていて、――つまり、暴力否定、それから、その暴力に対する非暴力抵抗ですか――むしろ、実際的には、キリスト教よりもそちらの方が強いんじゃありませんかねえ。ねえ片倉君?
友吉 ……(はずかしめられ、なぶりものにされた小動物のようにドギマギして)そんな――私は――べつに、そんなこと――
木山 ……(この人だけは、次第に敬意に近いもので友吉を注意深く見守りながら)あなた、片倉さん――コンミューニズム――あなた共産主義者ではありません?
友吉 ……(びっくりして、かぶりを振る)いいえ、あの――
木山 どう思います、共産主義を?
友吉 ……はい。良い事だと思いますけど、私には深い事はわかりませんので――
木山 これから後、もし戦争が起きたとします。どうなさいます? やっぱり反対しますか? それがどんな種類の戦争であってもです。それが、どこの国とどこの国との間に起きてもです。
友吉 ……しかし、戦争はもう、起してほしくないと思います。私は――。(いいよどむ)
木山 (友吉の左の腕をつかんで)御意見を聞かせてください。いえ、私たちは、なんです
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