一緒に留守番しべえよ」
スミ「おらも東京さ着いたら、一六さに良い物買つて貰つて送つてやつからな。いいな!」
云々。
荒い竹籠にギユーギユー入れられる豚達。隙が有れば忽ち走り出さうとするので、詰めるのが一仕事だ。――滑稽な騒ぎ。一匹だけはどうしても詰めきれぬので、それはスミが抱いて行く事にする。
○馬車が来る。今日は既に一人先客が有る。馭者「はあ、いよいよ花嫁ごのお立ちかあ!」等々。
馬車の屋根に載せられて、しばり付けられる豚の籠。
彦「頼んだぞう!」
馭「花嫁ごとコロとは、えらい珍な取り合せだのう! えゝか、出るぞう! 落ちねえように縛つときなよ!」
等々。
スミと弟及び小母さんとの別れ。
弟と子豚との別れ。
馬車が動き出す。暫く追ひすがつて来る弟もやがて取残されて、小さくなり、呼びかけながら見送る弟。
○馬車の道中(Cまで)(音楽伴奏)
豚の充満した籠を屋根に載せた滑稽極まる格好の馬車の進行。
馭者の襟足の辺に、籠の目から首を突出した豚の鼻が時々さはるので、馭者はひどく気にしてゐる。しまひに、頭を振り帽子を脱いだ馭者の頭が禿頭。その禿頭を又豚が舐めにかかるので悪戦苦闘する馭者。
先客は、隣村からCまで行く区長さん。――一升ビンとチヨコを持つてグビグビ飲んでゐる。既にいい機嫌である。スミと彦之丞と区長――以上三人の客。
区長は彦之丞と顔見知りなので、盃を差し、互ひに話し合ふ。
(ダイアローグはコンテイの時書く)
彦之丞、自分の旅行の目的を語る。
祝意を述べる区長。
彦「区長さんは、どちらまで?」
区長返事して、今日はC町の農業補習校で「農村代用食研究試食会」があるので、それに出席するためだと話す。「東京から偉い博士が来て、C町の婦人会の奥さん達が総出で、いろんな食物拵へちや、私等が食はされる側だけど、これが痛しかゆしでなあ。此の前の時はあまり変な物食はされて、帰つてから早速えれえ下痢をやらかして一週間寝込んだて。今日は当てられないやうに前以て酒飲んで行くさ。なんしろ、こんな不作では、百姓の食物が一つでも余計に出来ると言ふ事は結構な話だからのう……」
兇作の話。
農村の窮乏に関する一二の示唆。
C町の近くの村で起つた地主邸放火未遂事件の噂。区長「なんでもそこの持田を小作してゐる若い小作人がやつたと言ふ話だが、世間がこんな不景気になつて来れば、人間の気持もあらくなつて来るわけだな――」云々。
彦「しかし世間一般が不景気だとばかり言へめえ。C町あたりでは、いくらか景気が出て来たと言ふではねえかね? あんでも、C町の市場辺では此の前の牛市からこつち、曲馬団や見せ物が掛つたりして、まるでお祭りみてえな騒ぎだと言ふ」
「あゝに、つまる所どこもかしこも不景気で、しよう事なしに、こんな所まで曲馬やなんぞが入り込んで来るのさ」
「今日ばかりは酔ふと困るから」と酒を控へるように父に頼むスミ。
「大丈夫々々々」と言ひながら、差されるまゝに飲む父親。
酔つて歌ひ出す区長。「相馬二遍返し」
その歌に感動して、屋根の上でギイギイギイと鳴きしきる豚達。
○右の経過と同時に、移り行く車窓外の風景。山村、遠くの山々、近くの小山や森、街道添ひの家々、等々。
次第にC町に近づいて行くらしい。
沿道。それまでは一人も客は無かつたのが、此のあたりで前方の道角に立つて馬車に向つて手を上げてゐる中年の男。すぐそばに、一人の青年が立つてゐる。
馬車停り、二人の客を乗せる。(この一人は刑事で、もう一人の青年は引かれて行きつつある放火犯容疑者なのだが、画の上では、かなり経つまで全然それがわかつてはいけない。唯、何となく変つた調子の客と言ふ位の印象で)
馬車は再びC町の方へ向ふ。
青年が、悲しさうな眼をあげて、車の後部の窓から離れて行く自分の村の方を見ようとして……思はずハツとする。一瞬嬉しさうな顔色。が直ぐに又悲しさうな複雑な表情。カメラが後部の窓を覗くと――かなり離れた路上を小走りに追つて来る若い女の姿。
あわてて家を飛出して来たと見える身装、フロシキ包みをわきに抱え、左手で乱れかかる頭髪を直しながら真剣な眼で馬車を見詰めたまま走る。
青年がそればかりを見詰めてゐるので、中年男もその視線を追つて、これを見る。
青年「あのう……」中年男の方に向ける哀願するやうな眼ざし。
「うん?」
「チヨツト、馬車を停めていただいて――」
「なんだ?」
「あと一ヶ月したら、私が一緒に世帯を持つ事になつてゐた者で――」
黙つて女を見てゐる中年男。――やがて馭者に「おい、チヨイと停めてくれ」
馬車停る。
追ひすがり近づく女。車上の青年と女が黙つて見かはす顔。女の眼にグツと涙がこみ上げて来るが、拭かうとはせぬ。「信太郎さ……」
中年男「……ついて来ても仕方がない。どうするんだね?」
女「……へい? 心配ですから……」
モヂモヂと車窓から離れる。
馭者「乗らねえのかね?」
女「へい、……銭が少し足りねえから」
これらを見てゐる彦之丞とスミ。特にスミは女をマヂマヂと見詰めてゐる。
青年「お若、村へ戻つて待つててくれ……」
○馬車は又走り出す。
若い女も再び車の後を追ふ。車の立てる白いホコリをかぶりながらトツトツトツと走る。一度何かに蹴つまづいて倒れさうにするが再び走つて追つて来る。
それに気をとられて見てゐるスミの手からのがれた子豚が腰掛けの上を歩いて行き、そこに既に酔つて延びてウツラウツラとしてゐる区長の鼻づらを舐めてゐる。
青年の腰の辺にチラリと見えた捕繩を眼にして「ふーむ」と言つて二人を見、トツトと走つて来る若い女を見くらべてゐる彦之丞。
○C町の入口が見えはじめる。
馬車は進む。
もうかなり後ろから、懸命に追ひ付かうと走つて来るお若。豚に舐められた区長が、大きなクシヤミをして起き上る。
○馬車が停る。
馭者の声「区長さん! 補習学校に行くんなら此処で降りるんでは無えのかあ? 鈴村の彦さも此処からの方が早えよつ!」
見ると其処は町に入つて直ぐの三つ角になつてゐる。
区長「おゝさうだ。んぢや直ぐだから帰りも頼んだぞ。村まで歩いて帰るんぢやおいねえからの、少し遅れても待つててくれよ」降りる。
馭者「ようがす。軽便の待合の前に待つてるだから、大丈夫だあ。あんたも、又酒くらつておそくなつちまねえように来てくれるだぞ!」
彦之丞、車を降り、豚をおろしつつ「あゝに、今日は飲むもんかよ。ぢやスミ、(スミの小豚を取りつつ)俺直きにすまして軽便さ行ぐからの、お前先きに行つて待つて居な。賃金は後で俺が一緒に払ふ。馬造公、頼んだぞ。(チラリチラリとお若の方を見ながら)……可哀さうにのう……」――豚を籠から出しにかかつてゐる。
区長、彦之丞に「ぢや帰りは又一緒になるべえ」とポクポク歩き出す。
二人と豚達を残して馬車は区長とは別の道を曲つて町に入つて行く。
お若もそれについて行く。
○馬車がC町の、軽便鉄道の起点の駅に着き、その小さい待合室の前に停る。
スミ、馬車を降りて待合の方へ。
中年男は自分と信太郎二人分の乗車賃を払つて降りる。
歩いて来たお若も最後から待合室の方へ。
酒でも飲みに行くのか、他へ行つてしまふ馭者。
○待合室。
スミ入つて行く。
板張りの腰掛けの隅にモヂリを頭から被つて寝てゐる土方風の男。
少し離れて旅商人(呉服・小間物)が掛けて、腰掛一杯に背負荷を拡げて包み直してゐる。鼻歌を唄ひながら。スミとお若の姿を見て、フロシキを片附けながらキサクに、
「さあさあ掛けなさい」
スミ掛ける。お若は立つたまま他の事に気を取られてゐる。
旅商人「悪い時に来たものさ。丁度今出たばかりで、次のは一時間半も待たなきやならねえ。これだから、私あこんなガタガタの軽便なんて嫌ひさ、アハハハハ。一時間半とは、間が有り過ぎらあ。いや、ブマな時あ、何もかもブマさ。おとついから三日、足をスリコギにして駆けずり廻つても、一反も売れねえ。たまに売れるかと思やあ、木綿針か羽織のヒモ位のもんだ。以前はこんな所ぢや無かつたが、いや近来此の辺の村も、酷いことになつて来たものさ。要するに、金が無いんですね。アハハハ。なんでも放火があつたつてえが、いや、こんな事になつて来ると、火もつけたくなるさ」――ベラベラ喋りながらお若のそぶりの変なのを見てゐる。スミ、お若の見詰めてゐる方を見ると、駅長室らしい所に刑事と青年が居るのが硝子戸越しに見える。刑事は駅長と何か話してゐる。信太郎は椅子にかけてうなだれてゐる。
スミ「……あんた、掛けねえの?」
言はれて、お若、スミの傍に掛ける。
旅商人「なんですい?」
うつむいてしまふお若。
お若と駅長室の二人とをキヨロキヨロ見くらべてゐる旅商人。――やがてハハーンと言つた顔をして、お若を見詰める。
旅客が一人入つて来る。
それをキツカケにして旅商人、気を変へて、
スミに「あんたあ、どこの村かね?」
スミ「へえ……」
旅商人「こんな歌知つてゐるかね? へへ……」少しいかがわしい流行歌を唄ふ。
歌の意味がよくわからずニコニコして聞くスミ。
「うるせえな」と寝ながら言ひ放つ土方風の男。
旅商人びつくりして歌をやめる。そちらを睨んでしばらく黙つてゐたが、スミに馴々しく話しかける。
「あんた、どこへ行くの?」
スミ「あのう、東京へ……」
「東京? へえ。それは遠くへ、まあ。そいで東京へは、なんしにね?」
スミ「あのう……」赤くなつて返事出来ぬ。
「一人でかね……あちらに親戚でも有るのかね?」
スミ「へえ。……いいえ……」益々ドギマギする。
旅商人「すると、御一緒かね?」と言つてお若を見やる。と、お若は腰掛けに置いた包みの上に突伏してゐる。
スミ見てゐてから「あんた気分でも悪いのかね?」と肩に手を置く。
お若ハツと起き直る。しかし顔を差し覗いてゐるのが親切さうなスミであるのを知つて、悲しげに微笑む。「……」
「気分でも良く無えの?」
「いいえ、あんでも無い。ありがたう」
二人の若い娘の間にかもし出されるシミジミとした同情と感謝の気分。
旅商人「あすこに連れられて行くのは、もしかすると、C村の放火をしたと言ふ犯人では無えかな?」
その言葉で、先づお若が、次にスミが旅商人を見詰める。
しばらくして、寝てゐた土方がノツソリ起きて、旅商人を見る。冷酷な獣の様な眼である。
旅商人「いえさ、あれがよ」
スミ、駅長室を見る。土方もその方を見る。――ヂツと見詰めてゐる。
お若は旅商人を見てゐる――「いいえ、違ひます。信太郎さんは、そんな大それた事をする人ではありません!」
その声に、駅長室を見詰めてゐた土方がお若を見る。
穴の開くほど見詰めてゐる。
待合室の大時計が秒を刻む音。
待合室の表に人力車が二台ばかり着いて人が降りるらしい物音や人声。やがて裕福らしい紳士が、第二号夫人と言つた様子の女を連れて待合に入つて来る。「直ぐに出る車が有るかな? えゝと……」待合室の中が少しゴタゴタして賑かになる。
○スミ、父親の事を思ひ出し、外に出て行きかけるが席に荷物を置いてあることを思ひ出して引返し、どうしようかと困つた顔。
それを見てお若「あの、御用ならば、わしが待つて居てあげますから……」
スミ「ぢやチヨツクラ頼みます」
スミ表へ小走りに出て行く。――出入口の角を急いで曲らうとしたトタンに、それまで其処の壁にピツタリ身を附けて待合室の内部を窺つてでもゐたらしい人に、ぶつつかる。
スミ「あゝ、ごめんなせ!」
見ると、短いケープを着た、変な、あまり清潔で無い洋装の極く小柄な少女(ユリ)である。少女はスミからぶつゝかられて、怒つてとがめでもすることか、いゝえ……と小さい声で言つて、オドオドした眼でニツと笑つて、段々尻ごみをして退り、待合の外の壁に添つて柵の方へ。
スミ「チツとも知らなかつ
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