降りる。
 歩いて来たお若も最後から待合室の方へ。
 酒でも飲みに行くのか、他へ行つてしまふ馭者。

○待合室。
 スミ入つて行く。
 板張りの腰掛けの隅にモヂリを頭から被つて寝てゐる土方風の男。
 少し離れて旅商人(呉服・小間物)が掛けて、腰掛一杯に背負荷を拡げて包み直してゐる。鼻歌を唄ひながら。スミとお若の姿を見て、フロシキを片附けながらキサクに、
「さあさあ掛けなさい」
 スミ掛ける。お若は立つたまま他の事に気を取られてゐる。
 旅商人「悪い時に来たものさ。丁度今出たばかりで、次のは一時間半も待たなきやならねえ。これだから、私あこんなガタガタの軽便なんて嫌ひさ、アハハハハ。一時間半とは、間が有り過ぎらあ。いや、ブマな時あ、何もかもブマさ。おとついから三日、足をスリコギにして駆けずり廻つても、一反も売れねえ。たまに売れるかと思やあ、木綿針か羽織のヒモ位のもんだ。以前はこんな所ぢや無かつたが、いや近来此の辺の村も、酷いことになつて来たものさ。要するに、金が無いんですね。アハハハ。なんでも放火があつたつてえが、いや、こんな事になつて来ると、火もつけたくなるさ」――ベラベラ喋りながらお若
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