とはせぬ。「信太郎さ……」
中年男「……ついて来ても仕方がない。どうするんだね?」
女「……へい? 心配ですから……」
モヂモヂと車窓から離れる。
馭者「乗らねえのかね?」
女「へい、……銭が少し足りねえから」
これらを見てゐる彦之丞とスミ。特にスミは女をマヂマヂと見詰めてゐる。
青年「お若、村へ戻つて待つててくれ……」
○馬車は又走り出す。
若い女も再び車の後を追ふ。車の立てる白いホコリをかぶりながらトツトツトツと走る。一度何かに蹴つまづいて倒れさうにするが再び走つて追つて来る。
それに気をとられて見てゐるスミの手からのがれた子豚が腰掛けの上を歩いて行き、そこに既に酔つて延びてウツラウツラとしてゐる区長の鼻づらを舐めてゐる。
青年の腰の辺にチラリと見えた捕繩を眼にして「ふーむ」と言つて二人を見、トツトと走つて来る若い女を見くらべてゐる彦之丞。
○C町の入口が見えはじめる。
馬車は進む。
もうかなり後ろから、懸命に追ひ付かうと走つて来るお若。豚に舐められた区長が、大きなクシヤミをして起き上る。
○馬車が停る。
馭者の声「区長さん! 補習学校に行くんなら此処で降りるんでは無えのかあ? 鈴村の彦さも此処からの方が早えよつ!」
見ると其処は町に入つて直ぐの三つ角になつてゐる。
区長「おゝさうだ。んぢや直ぐだから帰りも頼んだぞ。村まで歩いて帰るんぢやおいねえからの、少し遅れても待つててくれよ」降りる。
馭者「ようがす。軽便の待合の前に待つてるだから、大丈夫だあ。あんたも、又酒くらつておそくなつちまねえように来てくれるだぞ!」
彦之丞、車を降り、豚をおろしつつ「あゝに、今日は飲むもんかよ。ぢやスミ、(スミの小豚を取りつつ)俺直きにすまして軽便さ行ぐからの、お前先きに行つて待つて居な。賃金は後で俺が一緒に払ふ。馬造公、頼んだぞ。(チラリチラリとお若の方を見ながら)……可哀さうにのう……」――豚を籠から出しにかかつてゐる。
区長、彦之丞に「ぢや帰りは又一緒になるべえ」とポクポク歩き出す。
二人と豚達を残して馬車は区長とは別の道を曲つて町に入つて行く。
お若もそれについて行く。
○馬車がC町の、軽便鉄道の起点の駅に着き、その小さい待合室の前に停る。
スミ、馬車を降りて待合の方へ。
中年男は自分と信太郎二人分の乗車賃を払つて
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