めながら)多分もう……この辺に来る事もないでしょうが、……おばあさんの事は忘れません。……それから道雄さんと言う人の事も憶えて置きます、……では、これで、……(靴のかがとを揃え、ピシッと不動の姿勢、帽子を脱いでキチンと頭を下げる)
百姓 (相手の様子にびっくりしている)
青年 ……(漸く頭を上げて)海軍中尉、藤堂正男と申します。……ありがとうございました。……(リュックを肩にピッケルを取る)
百姓 ……(それをジッと見守っていたが、やがて)お前さま、海軍さんかえ?
青年 はあ……いや……ハハハハ。では――
百姓 そうかえ! そりゃ、んだが……そんじゃ、ま、……ふむ……(何か言おうにも、急には、うまい言葉が出て来ないのに、相手は、もう、下手の小径へ歩き出している。それを追いかけるように、ヨタヨタと一二歩前へ行き、口をモガモガさせたり両手を上げたり下げたりしていたが、トッサにはどんな表現も有り得ようがなく、いきなり、その黒い大きな両掌を合せる)……へえ……じゃ、ま……よろしく頼みやす。
青年 (振返って、それを見て、テレて頭を掻きながら、ニコニコして)おばあさんも、よろしく頼みますよ。……
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