なんだか変だと――
百姓 おらかい?
青年 だけど、小父さんだとばっかり思っていたもんだから――。
百姓 おれは、おなごだあ。よっぽど、こんで古くこそなったが、へえ、おなごの古くなったので……やっぱし、こんで、ババさまだらず。(殆んど福々しいと言える位に柔和な笑顔)
青年 どうも――
百姓 ……(前歯の抜けてしまった大口をパクパク開けて笑いながら、麦こきを続ける)……こんで、暗くなってから家さ戻ったりすると、孫共あ、火じろのわきから俺の方ジロリジロリ見て「おばあ、チョックラ[#「チョックラ」は底本では「チヨックラ」]向う向いて見な」などと言いやす。お尻からシッポでも生えてるかと思うづら……ハハ。もっとも、こんで、シッポこそ生えねえが、甲らあ固くなりやした。
青年 おいくつになりました?
百姓 齢かい? フフ……六十七だ。どうして六十七なんてなっただか、知らん間に年ばかり拾って、足腰あ利かなくなるし、へえもう、しょう無えよ。
青年 ……よく、しかし、精が出ますねえ、(話しながら草場に腰をおろしている)……小麦ですか?
百姓 ……そうだよ。
青年 そこに生えてる、そいつは……?
百姓 うん? ああ、そりゃ、大豆だ。
青年 へえ……大豆が此の辺にも出来るんですかね?
百姓 うむ、そりゃ此の辺にも出来ねえ事あねえが、この大豆は唯の大豆と違う。満州から去年戻って来た奴が、二升ばかり種え呉れたから、出来るか出来んか、……食っちまやあ、それっきりだでね……とにかく蒔いて見た。此の辺じゃ俺だけだあ……どんなもんか……(その大豆を、ずるそうな横眼を使ってジロジロ見て)でも、へん、ヤッコめ、生えるにゃ生えただから……(まるでその大豆の木が生きもので、こっちの言葉を聞けば怒りでもするかのように、声を少し低くして言う。話をしながらも麦こきの手は休めない)……だまくらかされて、ちったあ実もならすか……
青年 ……お百姓も大変だな……
百姓 大変な事なんぞ無えよ。俺なぞガキの時分から、山あ好きで、こうして、へえ、山で稼いでりゃ、頭痛位なら治っちまいやす。……第一、地べたなんて、正直なもんだ。此の畑なんぞも、木の根っこや草あ、ほじくり返して、種え蒔いといたら、こうして出来やす。世話あ焼いただけのもなあチャンと返してくれら。苦労なんぞ、なんにもねえよ。……ただ、へえ、飽きちゃ駄目だあ……飽きさえしなきゃ、馬鹿にでも出来やす百姓なんぞ。好きな時に起きて寝て、泥の中さ、へえずり廻ってな、大飯くらって屁えこいてりゃ済まあ。……こら、こん野郎!(と千歯の歯に引っかかった麦束の穂を力まかせに引き抜く)
青年 ……近頃は、しかし、増産々々で、やかましいようで――
百姓 ……うむ……増産かい。そうよ、百姓は年中増産増産だあ。……昔っから、一升でも二升でもたくさん取りてえのはきまってたこんだ。十六七年前に穀物の値がうんと下った時分にゃ、作付を減らせと言われてなあ。……そん頃だって俺だちゃ、ちっとでもたくさん取ろうと思ってウンウン言ったもんだ。ハハ。そんなもんよ百姓なんつうもんは。
青年 ……今年はどうです、出来の具合は?
百姓 今年は良えだよ。……土用に入ってからの天気順が良かった。……殊に麦作は良え。こら、こんな実の入りようだ……(こき落した麦の穂を掴んで見る。青年も寄って行きそれにさわる)……去年あたりに較べりゃ[#「りゃ」は底本では「りや」]、一倍半と言うとこずら。ハハ……
青年 やっぱり、出来が良いと嬉しいでしょうね?
百姓 うん、そりゃ、うれしい……んだが年まわりと言うもんが有ってね、いくらうまくやっても悪い年も有る……こんで、だから、作が良くっても俺たちゃあ、それほど喜こびもしねえし、悪くたって、それほどしょげ返りもしねえですよ。……二年三年位じゃ、泣いたり笑ったりも出来ようが……こんで十年の間をならして見ると、良えも悪いもねえ、毎年同じだあ。
青年 ……(なんの気もなくポツリポツリと語りながら、休まず急がず麦こき進んで行く相手の横顔を見守っている)
百姓 ……やれ、どっこいしょと、……ほう、少し風が出て来た。丁度、叩いてすます頃にゃ、ええあんべえの風にならす……(麦をこき落しながら、無意識に鼻歌が出て来る)
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(間)
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青年 ……なんの歌です?
百姓 あんだえ?
青年 その歌は、なんという歌ですか?
百姓 歌?……なんの歌だ?……
青年 ……先刻も小母さん歌っていた……?
百姓 おらがかえ?……(少しびっくりして青年を見てから、頤を引いて、自分の胸や左右の肩のあたりをキョトキョト[#「キョトキョト」は底本では「キョトキトョ」]見まわす)
青年 ……もっと大きな声で歌って聞かせてくれませんか?
百姓 ……(更に青年の
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