ん、そりゃ[#「そりゃ」は底本では「そりや」]、逆さだあ。
百姓 うん? そうか……へえ、何が何やら、俺にゃ読めねえ。んでも、受かったもんなら、それでよからず。
少年 母さんは、まだブツブツ言ってらあ。
百姓 なに、俺があんだけ言ってやったんだから、それでええのよ。(青年に)なにね、総領息子だから、女親にして見りゃ、そうは決心していても、なかなか、ふんぎりが附かねえのは当り前でやして――
青年 なんですか?……(百姓が手の紙を渡す。その上の文字をサッと見て)ほう、飛行機の方を志願したんだな。採用の通知じゃありませんか。(少年を見て)……おめでとう……(紙を返す)
少年 へえ、……フ、フ、フ、フ(山国の少年のことで、知らない人にてれて顔をこすったりしながらも、こみ上げて来る悦びをおさえ切れない)
百姓 (ニコニコしながら)そいで、いつだ、先方へ行くの?
少年 あと五日あらあ。父やんが連れてってくれるって。
百姓 そうか……慎も、じゃ、行くか?
少年 うむ……フ、フ、フ、フ……半年すると飛行機にのっけて貰えら。そしたら、この辺へも飛んで来て見せべえ。ばあやんが働いてるとこ、空から見たら、どんな風に見えるべな?
百姓 なによ、山の上から下の方見るのと同じづら。ばあやんなど、へえ、地面の一所がモグモグしてるだけだらず。ハハハ
少年 そんで、一人前になったら、道雄おじさんを、やった奴を、おら、じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]、やって来るぞ!
百姓 どうだかな。
少年 ああとも! やれら!
百姓 ほんまに、やって来るか?
少年 やって来る! へえ、一人も残すもんかえ! へっ[#「へっ」は底本では「へつ」]!(言い放ち、上にあげた両手を、盆踊りの手つきに曲げる)へっ! へっ! へっと!(二度三度四度五度と、両手を揃えて右へ左へと交互に振り、それに合わせて足を踏み出して、素朴な踊りの動作)へっちゃら、へっ!
百姓 へっ! へっか!(言いながら、少年を真似て、無骨な動作で盆踊りの手附きをする。足つきだけは少しヨタヨタしている)ハッハハハ! へっ、か!
少年 ハッハハハ、んじゃ、おら、おじいやんと、慎吉んとこへ行かあ!(言って、もう正面奥の方へ駆け出している)
百姓 (その後姿へ)今夜泊って行くか?
少年 ああよう!(もう姿は消えている)
百姓 フフフ……(笑いながらチョット後姿を見送っていたが、直ぐに再び叩き棒を掴み、なんの事もなかったように、麦を叩きはじめる)
青年 ……(踊り跳ねるようにしながら走って行く少年を、いつまでも見送っている。やがて、百姓が麦を叩いていることに気付き、自分も再び棒をあげて、叩きはじめる……トントントンと、二人が交互に拍子をとって叩く音。双方黙ったまま、かなり永い間叩き続ける。……その内に、はじめそれと気が附かぬ位に低く、次第にハッキリと聞きとれる程に高くなって、百姓がフンフンフンと鼻歌を歌っているのが聞こえる。……青年、それに気が附き叩く手を休めて、百姓を見ている……間)
百姓 ……(叩き終り、散り拡がった麦を両手で掻き集め、ムシロの端を掴んで盛り上げる。その間も無心に歌う鼻歌の声。……青年は、相手の歌をやめさせぬために、声をかけるのも、動くのも控へて、此方でジッと[#「ジッと」は底本では「ヂッと」]立ったままでいる。……百性は麦を盛り上げ終り)さて、と……(風に当ててふるうために、ムシロの隅の箕を取ろうとして、その尻にのせてある縫針の包と糸に気附き)ふん……(中年男と若い女の立去った方を振返って見た上で、二つを取り上げ、まじめな顔でそれらをユックリと見、しらべた上で、大事そうに帯の間にしまい込む)
青年 ……(百姓のユックリした動作を見守っていたが、フト顔色を動かし、胸のポケットから裁縫道具の皮ケースを取り出す)……おばあさん、これもあげます。
百姓 む?……そりゃ、さっきの?……俺に、くれるだと?(びっくりしている)
青年 (ケースを百姓の手の上にのせて)おばあさん使って下さい。
百姓 だども……へえ……こんなみごとなものを、俺が貰うなんて、へえ、とんでも無え!……第一、そんな、わけが無えだから――
青年 いいんです!(押返すのを無理に握らせる)貰って下さい。……わけは無い事は無いんです。(微笑)……実は、休暇をいただいて、東京に出ても、親戚がチョットと友達が一人二人あるきりで、親も兄弟も無し……急に、母の亡くなった所に来て見る気になりました。……子供らしいと人が聞くと笑うでしょうが……笑われても、いいんです。無性に、ただ母の事を思い出して、もう一度、最後に――いえ、――とにかく、そんな気で山を越えながらも、なにか、甘えているような……そいで、あなたに逢った。……母が私を此処に連れて来て、あなた
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