、あの嫁あ険のん性でなあ。俺がそう言ってやって、受けさせるだけは受けさせたようだが、へえ、どうしただか。
女 そうでやすか……
百姓 ……すると、なにか、そんじゃ、お前が岩村田から実家に戻っているのは、源太郎知ってるだな?
女 へえ……だども、今度――
百姓 ……なんとした?(と言いながらも千歯にかかっているので、別に話を追求すると言う風でも無い。青年は、若い女が自分をはばかって話しにくいらしいのを見てとって、ユックリ立上って、小便でもしに行く風に上手へ歩き出す)……おっかあ、その後、あんべえはどうだや?
女 おっかさんは相変らず腸が悪い腸が悪いと言うて……そりゃいいが、近頃又一倍気むずかしくなって――(ユックリ歩いて上手のカシバミの叢の方へ消えて行く青年の後姿をチラチラ見る)
百姓 うん、ありゃ[#「ありゃ」は底本では「ありや」]気で患うと言う人だ。しっかりもんだが、カンがきつ過ぎらあ。おやじと入れ代ってりゃ丁度良かった。お前のおやじと言うのも、へえ俺の弟だが、百姓は巧者だが、なんせ気がゆるくていけねえ。つまらねえ所だけ俺に似やがった。ハハハハ。
女 ……そんでね、おばさん……源太郎からの手紙には、こう言って来やした。(その手紙を懐中から出して開くが、それを読むと言うわけでは無く、手で開いたりたたんだりしながら、もう既に何度も繰返して読んでよく憶えている内容を言う)……自分は岩村田の母のキツイ性質はよく知っている。又弟や妹が事毎にお前にあたる事も自分の出征前からの事なので、充分に知っている。特に妹は不具者であるために、一倍ひがみが強いのだ。……それから母親がお前に当るのは、小さい時から同じ兄弟でありながら妙に母は弟がヒイキで、内心では弟に家督をつがせたいのだ。それで俺の家内であるお前が邪魔になるのだ……自分の母親の事をこんな風に言うのは、俺も悲しい。又、ムカムカする事もある。しかし母がそんな風になったのも、父が死んでから以来、永い事女手一つで俺達三人の兄弟を育てて来るために、いやでもキツクならなければならなかった事を思うと、俺には母を悪く思うことが出来なくなる。……お前が岩村田で箸のあげおろしに母や妹に当られ、山ん中で育った者は米の飯が珍らしいと見えて、よく食うなどと言われている事を思うと、俺は苦しくなってしまう。シゲさんは近頃ひどく痩せたように見えると、この間、小諸の賀山君の妹さんから言って来ている。……賀山さんと言うのは源太郎の学校友達でやす。
百姓 ふむ、ふむ……
女 んだから、俺には、お前に、どうしても岩村田の家に俺の留守中、暮していてくれとは言えない。川上の実家に戻っていてくれても、よいと思う。どちらにしても、お前が居心持の良い所に居てくれ。それが一番だと思う。……特に川上の実家に居れば、川上ではお前のお母さんは病身だし、小さい弟が一人きりしか居ないのだから、かなり家の手助けになるだろうと思うから、結局、当分、実家に居てくれてもよいと思う。
百姓 ふむ……
女 ……ただ……ただ……お前は、たとえ何処にいても、俺の妻であると言う事だけは忘れないでくれ……それを忘れないで、しっかり、シャンとしてやってくれ……お前は気が弱いから、それを俺は――(胸が迫って来て、プツンと言葉が切れる)
百姓 ふむ……ふむ……(千歯のケバをむしったりして、何とも言わない――)
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(間)
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女 ……(涙声になりそうなのを、こらえながら)そしてね、……そしたら、四五日前、岩村田から源次郎さんがヒョッコリやって来て――
百姓 へえ……その性の悪い弟がかえ?
女 うん……そいで、何だと思ったら、源次郎さん今度徴用になって、なんでも飛行機拵える工場に行くようになった……そんで、岩村田の内が、母と妹きりで無人になるので、是非帰って来てくれ……そう言って――
百姓 徴用か……そうかや……
女 おっかさんは、あんだけいじめ抜いて、飯を食わせるのも惜しむようにして、追い出すようにして返しときながら今更になって、いくらそんなわけが有るにしろ、又戻って来てくれは、あんまり身勝手すぎる……そう言って、どんな事があっても岩村田へやるわけには行かねえと言いやす……おっかさんは、あの気性で、いったん言い出したら、聞かねえ。お前が岩村田へ戻るようなら、もうへえ、かんどうする……わしも困っちまって――
百姓 ……そうかや。
女 ……どうしたらよかんべと思って――。
百姓 ……そうかや。……そんで、お前はどうしようと思ってるだ?
女 わしかえ?……んだから、わしには、どうしてええかもうへえ、よくわからねえ。……実あ川上にこうして居ても、ほかの事はなんとも無えけど、源太郎の事を思うと、わしも辛いのです。……んだけど正直言って、これか
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