思い出し、しばらく言葉を切って千歯の歯を見詰めていたが、やがてフッと笑って)あの小僧が腹に出来ていて、へえもう、おっこちそうになっていても一日半日寝てることも出来ねえ。やっぱし畑に出ていて、あんまり差し込んで来るで、こらえ切れなくなって、家へ戻る途中、畑の路で、まるでへえ、おっことしちまった[#「おっことしちまった」は底本では「おつことしちまった」]。……そんで、まあ、道で生れたと言うので、道雄だあ、あん野郎。
女 フ、フ、フ……。(青年も笑い出す)
百姓 フフ……万事が、先ず、そ言った調子だ。そんでも、へえ、俺がこらえてやらねえじゃ、家ん中で誰もこらえてやってく者は無かった。辛えと言えば、朝眼がさめた時から夜寝るまで辛く無え時なぞ一刻もあらすか。……んだから、しめえには、辛えなんて思う時も一刻も無しよ。……物事、そうたものさ。ハハハ、シゲ、お前岩村田へ帰れ。
女 ……へえ。
百姓 俺あ、源太郎が兵隊に出てるから、んだから、がまんして帰って居れと言うんじゃ無えぞ。……そりゃ、兵隊によけいな心配かけちゃ、いけねえ。いけねえけんど、こんな事は亭主が兵隊であろうとなかろうと、同じだ。……亭主のことを、いとしいと思うたら、帰れ、帰って、岩村田の家の火じろの所で、ぶっ坐っていろ。そんで源太郎も、いい戦が出来るだ。……源太郎も、それや、手紙ではお前に気の毒で、どっちに居てもええなんて言ってるが、ホントは帰って欲しいだ。
女 ……だども、うちのおっかさんが、どうでも反対じゃと言うて――
百姓 反対してもかまん。何を言ってもかまんから、うっちゃって、明日にでも突っ走って行っちまえ。後は俺がええ具合にしてやらあ。
女 へえ、んじゃ、わし。岩村田へ帰りやす。
百姓 そうしろ、そして、どんな辛え事があっても、もう川上にゃ戻って来るな。俺が辛抱すれば源太郎がシャンとして[#「シャンとして」は底本では「シヤンとして」]やってると思え。俺が辛抱出来ねば、源太郎、どっかでつっころげて、敗け戦あしてると思え。そう思って、岩村田の火じろに、ぶっ坐っているだ。たとえ、ぶたれても、蹴られても、源太郎のこといとしいと思うならば、動くな。
女 ……よくわかった。そんじゃ、川上のおっかさんの事、よろしく頼みやす。
百姓 ええともよ。全体お前のおっかあなんて言うものは、カンばかり強くって、なんでも直ぐに悪い方悪
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