まるで自分の顔から何かを捜しでもするように見詰めているので)……どうか、しやしたかい?
青年 いや……
百姓 ……ふう……シゲ、お前、わかしてやれ。(言いながら千歯の方へ)
女 へえ……(そこらに落ち散っている小枝を掻き集めにかかる)
百姓 ……(自然な動作で、麦束を中年男から受取って、こき始める。中年男は傍にどいて、立ったまま彼女を見ている。青年も彼女の方を見守っている。その二人の視線の中で、黙ったまま一束をこき終り、二束目をこき、こき終った穂先きに、こき残りの穂が無いかと調べながら、ヒョイと声を出す)……へえ、喜十は甲府へ出たら、よくねえづら。
中年 そりゃ、はじめから、わかっていやす。そいつを、しかし、喜十がどうしても聞かねえから――
百姓 (相手の言うことを聞いているのか聞いていないのか、こき残りの穂を指でむしり落しながら)板橋にゃ、総体で七八町歩しきゃ水田は無えだ。そん中から二段歩も荒してしまうことになると、ことだあ。……甲府は甲府でやって行きゃ、ええ。なんなら、甲府を引払って喜十がどこへ皆で来るだ。
中年 そいつがさ、そいつが……そりゃ、はじめっから、わかってやす。それを承知で、どうでも行くと言って聞かねえんだから、組内でも、へえ、どうにもこうにもアグネ切って――
百姓 国三さ……米あ今、一粒でも二粒でも、よけいに作らざならねえづら?
中年 そ、そりゃ、この際じゃから、勿論――
百姓 虫のせいやカンのせいでは、無えづら。ウヌが儲けようと言うでも無え。
中年 勿論そりゃ、お国で、どうしても要るだから――
百姓 そうづら? そんだら話あ、わかってら。
中年 それがさ、喜十が、あんとしても――
百姓 ハハ、喜十がとこへは、今晩、俺が行くべし。
中年 へえ! ばさま行ってくれるかえ? そうか、そうして貰えりゃ、もうへえ……こんなありがてえ事あ無え。そうかい、そんじゃ、そんな風に頼んます。へえ、そうしてくれれば――
百姓 どうでも苦しいと言うんだら、須山さんの旦那のとこ俺が出向いて、年貢を二三年まけてくれるように頼んで見るべ。
中年 そりゃ……へえ、それだと部落会の方からも俺達一緒に行ってもようがす。旦那の方でそれ聞いてくれ、喜十も考え直すことになりゃ、あっちもこっちも丸く行かあ。
百姓 もし、へえ、どうしても、喜十も聞かねえ、旦那も聞かねえとなったら、あのタンボ
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