之助
     虚子先生
      ○
明治四十一年八月三十一日(封書)
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 拝啓 森田友人にて高辻と申す法学士が謡がすきで今度の日曜に僕の宅へ来て謡いたいと申すよしに候。所が先生非常の熱心家なれど今年の正月からやったのだから僕と両人《ふたり》でやったらどんな事に相成り行くか大分心細く候につき音頭取りとして御出が願われますまいか。その上高辻氏は何を稽古しているか分らず。小生の番数は御承知の通り。共通のものがなければ駄目故かたがた御足労を煩わし度と思いますがどうでしょう。この人は城数馬のおやじさんに毎晩習うんだそうです。きのうも尾上に習いました。尾上は中々うまい。
「温泉宿」完結奉賀候。趣意は一貫致し居候ように被存候が多少説明して故意に納得させる傾はありますまいか。一篇の空気は甚だよろしきよう被存候。「三四郎」はかどらず、昨日の如きはかこうと思って机に向うや否や人が参り候。これ天の呪詛《じゅそ》を受けたるものと自覚しとうとうやめちまいました。
 右当用に添へ御通知申上候。草々。
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   二百十日[#地から3字上げ]金
     虚子先生
 
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