スピレーションの言なり。以上。
[#ここで字下げ終わり]
七月十七日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治四十年八月五日(同上)(封書)
[#ここから1字下げ]
一昨日御話をした「糸桜」という小説はいそがぬから私に見てくれといいますからあなたへは送りません。今日『東亜の光』という雑誌を見たら小林一郎(哲学の文学士)という人が、近頃漱石氏の名前が出るにつれて追々非難攻撃するものが殖えて来た。もう少し文学者は雅量がなくてはいかんとありましたが、どうですか。私は未だ非難攻撃という程な非難攻撃に接した事がない。何だか小林君の説によると迫害でも受けているように見えて可笑しい。漱石をほめるものが少なくなったのは事実であります。然しこれは漱石が作家として一般の読書子から認められたからであります。漱石をえらい作家と認めれば認めるほど世間は無暗にほめなくなる訳だと思います。六号活字などを以て漱石を非難攻撃などというのは頗る軽重の標準を失しているではありませんか。今めしを食《くっ》て散歩に出る前にちょっと時間がありますから気焔を御目にかけます。長い小説の面白い奴をかいて御覧なさらないか。そうして『朝日新聞』へ出しませんか。
今度の「同窓会」は駄目ですね、あれは駄目ですよ。あなたを目するに作家を以てするから無暗にほめません。ほめないのはあなたを尊敬する所以であります。頓首。
[#ここで字下げ終わり]
八月五日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治四十年八月十九日(同上)(封書)
[#ここから1字下げ]
浜で御遊びの由大慶に存じます。大きな皷を御うちの由これも大慶に存じます。松本金太郎君はどこにいますか。私のいる所からあまり遠方では少々恐入ります。謡の道にかけては千里を遠しとするほどの不熱心ものであります。専門の学問をしに倫敦へ参った時ですら遠くって遠くって弱り切りました。金太郎君へ入門の手続はどうしますか、月謝はいくらですか、相成るべくは相互の便宜上師弟差向いで御稽古を願いたい。敢て同門の諸君子を恐るるにあらず、度胸が据《すわ》らざるが為めなり。あなたは二十日頃御出京と承わりました。然し御令兄の御病気ではいけますまい。どうか御大事になさい。人の悪口を散々ついてあとからあれは奨励のためだというのは面白いですね。六号活字の三行批評家や中学生徒に奨励されちゃたまらない。以上。
[#ここで字下げ終わり]
八月十九日[#地から3字上げ]金
虚子先生
[#ここから1字下げ]
謡の件は近々御帰りまで待ちましてもよろしゅう御座います。いそぐ事ではありません。
[#ここで字下げ終わり]
○
明治四十年九月十四日(葉書)
[#ここから1字下げ]
宝生新君件委細難有候。早速始めたいが転宅前はちと困ります。転宅後も遠方になると五円では気の毒に思います。いずれ落付次第又御厄介を願いましょう。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年九月二十八日(葉書)
[#ここから1字下げ]
私の新宅は
牛込早稲田南町九[#「九」に「(ママ)」の注記]番地
デアリマス。アシタ越シマス。
[#ここで字下げ終わり]
○
明治四十年十月八日(牛込早稲田南町七番地より)(封書)
[#ここから1字下げ]
拝啓 宝生の件は御急ぎに及ばず。いずれ落付次第此方へ招待仕る方双方の便宜かと存候。実はケチな事ながら家賃が五円増した上に月謝が五、六円出ると少々答える故、ちょっと様子を伺った上に致そうかと逡巡仕る也。魯庵氏への紹介状別封差上候間御使可被下候。まずは用事まで。匆々。頓首。
[#ここで字下げ終わり]
十月十八日[#地から3字上げ]金
虚子先生
○
明治四十年十月九日(葉書)
[#ここから1字下げ]
御小児《おんこども》御病気如何。もし御様子よくば木曜の夕茸飯を食いに御出掛下さい。もっとも飯の外には何もなき由。人間は連中どやどや参ると存候。紹介状サッキ郵便で出しました。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]夏目金之助
高浜清様
○
明治四十年十月二十九日(封書)
[#ここから1字下げ]
啓 先日霽月に面会致候処御幼児又々御病気の由にて御看護の由さぞかし御心配の事と存候。さて別封(小説「葦切《よしきり》」)は佐瀬と申す男の書いたもので、当人はこれをどこかへ載せたいと申しますから『ホトトギス』はどうだろうと思い御紹介致します。もっとも当人貧乏にて多少原稿料がほしい由に候。御一覧の上もし御気に入らずば無御遠慮御返却相成度ほかを聞いて見る事に致します。まずは用事まで。
前へ
次へ
全38ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高浜 虚子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング