ぶね》に栓をねじると美しい京都の水が迸《ほとばし》り出たり、四壁にはめたガラスを透して穏かな春の日影が流れ込んで来たりするので、漱石氏の心はよほど平らかになった模様であった。
「これは贅沢な風呂だ。」などと言いながら自分で栓をねじって迸り出る水を快さそうに眺めながら手拭を持った手で風呂の中を掻き廻しなどしていた。白い手拭が清澄な水の中で布晒《ぬのさら》しのように棚引いていた。二人は春の日が何時《いつ》暮れるとも知らぬような心持で、ゆっくりと此の湯槽の中に浸《つか》って、道後の温泉の回想談やその他取りとめもない雑談をして大分長い時間を此の湯殿で費した。
湯から出た後の漱石氏は前ほどに昂奮していなかった。お重に鋏《はさみ》を借りて縁に投げ出した足の爪を自ら剪《き》ったりした。お重と二人廊下に立って春雨に曇った東山を眺めながら、あれが清水の塔だ、あれが八坂の塔だなど、話し合っていたりした。晩飯をすませてから灯火《ともしび》の巷の花見小路を通って二人は都踊に這入った。
都踊の光景は何時来て見ても同じものであった。待合室に待って居る間に、客に連れられた一人の舞子が私に辞儀をした。
「君は舞子を知っているのですか。」と漱石氏は不思議そうに私に訊《き》いた。
「あれは『風流懺法』の中に書いた松勇《まつゆう》という舞子です」と私は答えた。松勇らの一群は流るる水のように灯の下を過ぎて何処《どこ》かに消えてしまった。今演ぜられつつある踊が一段落となって今の見物人が追い出されたために繰込むべく待合わしている此の待合室の客は刻々に人数《にんず》を増して来た。ガラス張りの戸棚の中《うち》には花魁《おいらん》の着る裲襠《しかけ》が電燈の光を浴びて陳列してあった。そのガラスの廻りにへばりついている人には若い京都風の男もあれば妻君を携帯している東京風の男もあった。それらの群集の中に手持不沙汰に突立っている一人の西洋人を見出したときに漱石氏は「あれはウッドでないか。」と口の中で呟くように言った。この待合室に這入った後の漱石氏はまた万屋の閾をまたいだ後の漱石氏と同じようにその顔面の筋肉は異常に緊きしまっているように思われたが、この時私はつかつかとその西洋人の方に進んで行く漱石氏の姿を認めた。
「アア、ユウ、ウッド?」という極めて鋭い漱石氏の発音が私の耳を擘《つんざ》くように聞こえた。それと同時に私
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