の苔がほころびるとはじめて赤い花が咲くのであつた。其の赤い花は長い間咲いてをるが、其は夏の末から秋にかけて咲くのであつて、むしろ秋の部分が多いのである。
 実際庭に植ゑた百日紅を見て、はじめて右のやうなことが判つた。
 が、しかし席題に百日紅といふ題が出た時などは、ふと真夏の炎天下に真赤に咲いてゐる、葉の無い、花ばかりが梢にある、肌のつる/\した木を想像するのである。さうではなかつたと考へてもどうも其最初の印象がこびりついて居るのである。
 其最初の印象といふのは、子規に俳句を見てもらひはじめた時分のことである。一本の百日紅を、こんな変てこな、肌のすべつこい、真赤な花の群がり咲いてゐる木があるものかと、熱心に見上げてゐる若い自分の姿さへをもはつきりと思ひ浮べることが出来るのである。
[#地付き](昭和六年九月)



底本:「花の名随筆7 七月の花」作品社
   1999(平成11)年6月10日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 高浜虚子全集 第九巻」毎日新聞社
   1974(昭和49)年6月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年11月28日作成
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