塀の発行所が余り愉快なものにうつつてゐないに相違ない。我等が神飢ゑ気疲れてテーブルの前に茫然としてゐる時に、気持よく我等の眠りを覚まし気分を引き立たせてくれるものは、この子供等の投げる石の音である。其石は丁度我等の頭の上の瓦に当つて戛《かつ》と鳴つたと思ふと屋根を転げる音がして庭に落ちる。と思ふ間に又た第二の奴が気持よく頭上の瓦に当つて痛快に脳天に響く。と同時に歓声が門前で起る。此場合「石を投げてはいけない。」と社員の一人が怒鳴る。その声が寧ろ間が抜けて聞える。これらの子供の親達は矢張り門辺に立つて其子供のする事を見て居るのであるが、例によつてそれを止めようとはしない。それよりも「石を投げてはいかぬ。」と云ふ、発行所の中から響く声の聞えた時に其眼は異様に輝く。
これらの人々が発行所の我等に対して何事をか危害を与へて遣りたいと云ふ様な、そんな気の利いた考を持つてゐるとは見えぬ。我等はそれらの店で煙草を買ふこともある。それらの家の者に使を頼む事もある。或時は物を与へる事もある。私達が表を通る時には愛嬌よく彼等は辞儀をする。彼等が自ら手を下して貧しき者から富める者――其実発行所は富める者ではない。その住める家も十人並より小さき者である。只不幸にして彼等よりも富み、彼等よりも大きい家に住み、さうして彼等に近く位置してゐる。――に鬱憤を漏らさうと云ふ程の考も無い。唯それが子供の手によつてなさるる斯《かか》る悪戯は彼等に於て痛快な事であるに相違ない。我等は又た時々頭上に響く其|礫《こいし》の音を甘受しながら漸く眠りに落ちようとする心から覚醒して仕事にとりかかるのである。その礫の音、人の往来を妨げる人垣、それらは我等に我慢が出来る。唯我慢が出来ないのは彼の建て並べられた貸二階から栄養不良な眼を光らせてぎろぎろと見下ろされることである。斯る意味に於て私は植木屋が枝ぶりの面白いと云つた松にも、これは十両とか二十両とかの値打ちがあると云つた槙にも、格別の執着を持たぬ。唯|冀《ねが》ふところのものは総べての木が目隠しの役目を全うして呉れることである。
但し貸二階は発行所の前面ばかりではなく、裏側にも横側にもある。発行所は殆ど二階に取り巻かれて包囲攻撃を受けてゐるやうなものである。其中に在つて発行所は独り平屋で頑張つて居る。
底本:「近代浪漫派文庫 7 正岡子規 高浜虚子」新学社
前へ
次へ
全5ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
高浜 虚子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング