たといってよい。その静かに方丈の室に閉じ籠《こも》っていわゆる野心を満足さするのもこれ、病苦を慰むものもこれ、純一|無雑《むぞう》の心持で一向専念に古俳句の研究、新俳句の主張にこれ日も足らなかった居士の眼から、その周囲に勝手気儘に行動しつつあった人々を見た時の心持はどうであったろう。剣呑《けんのん》でもあったろう、歯痒くもあったろう、片腹痛くもあったろう、残念でもあったろう。居士は飄亭君に対しても、碧梧桐君に対しても余に対しても、紅緑君に対しても、鼠骨君に対しても、殆ど何人に対しても、時としては鳴雪翁に対してすらも、直接もしくは間接に種々の忠言を試みることを忘れなかった。もう道灌山でお互に絶縁を宣言した間柄の余に対して居士はなおその事は忘れたように何かにつけて苦言を惜まなかった。余を唯一の後継者とする考はその時以来全く消滅したのであるが、しかし門下生の一人として出来るだけこれを引立てようとする考は以前と少しも変るところはなかった。
余はいつもその事を思い出す度に人の師となり親分となる上に是非欠くことの出来ぬ一要素は弟子なり子分なりに対する執着《しゅうじゃく》であることを考えずにはいら
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