ョムさんは今朝まだ息子達が寝ているうちから思案していた。――明日息子達が川端|田圃《たんぼ》の方へ出かけるから、俺ァひとつ榛《はん》の木畑の方へ、こっそり行ってやろう――。
二
畑も田圃も、麦はいまが二番肥料で、忙しい筈だった。――榛《はん》の木畑の方も大分伸びたろう。土堤《どて》下の菜種畑だって、はやくウネ[#「ウネ」に傍点]をたかくしとかなきゃ霜でやられる――善ニョムさんは、小作の田圃《たんぼ》や畑の一つ一つを自分の眼の前にならべた。たった二日か三日しか畑も田圃も見ないのだが、何だか三年も吾子《わがこ》に逢わないような気がした。
「もう嫁達は、川端田圃へゆきついた時分《じぶん》だろう……」
頃合《ころあい》をはかって、善ニョムさんは寝床の上へ、ソロソロ起きあがると、股引《ももひき》を穿《は》き、野良着のシャツを着て、それから手拭《てぬぐい》でしっかり頬冠《ほおかむ》りした。
「これでよし、よし……」
野良着をつけると、善ニョムさんの身体《からだ》はシャンとして来た。ゆるんだタガが、キッチリしまって、頬冠《ほおかむり》した顔が若やいで見えた。
「三国一の花婿もろうてナ――ヨウ」
スウスウと缺《か》けた歯の間から鼻唄を洩らしながら、土間から天秤棒《てんびんぼう》をとると、肥料小屋へあるいて行った。
「ウム、忰《せがれ》もつかみ肥料つくり上手になったぞい」
善ニョムさんは感心して、肥料小屋に整然と長方形に盛りあげられた肥料を見た。馬糞と、藁の腐ったのと、人糞を枯らしたのを、ジックリと揉み合して調配したのが、いい加減の臭気となって、善ニョムさんの鼻孔をくすぐった。
善ニョムさんは、片手を伸すと、一握りの肥料を掴《つか》みあげて片ッ方の団扇《うちわ》のような掌《てのひら》へ乗せて、指先で掻き廻しながら、鼻のところへ持っていってから、ポンともとのところへ投げた。
「いい出来だ、これでお天気さえよきゃあ豊年だぞい」
善ニョムさんは、幸福だった。馬小屋の横から一対《いっつい》の畚《もっこ》を持ってくると、馴れた手つきでそのツカミ肥料を、木鍬《きぐわ》で掻《か》い込んだ。
「ドッコイショ――と」
天秤の下に肩を入れたが、三四日も寝ていたせいか、フラフラして腰がきれなかった。
「くそッ」
踏んばって二度目に腰を切ると、天秤がギシリ――としな[#「しな」
前へ
次へ
全6ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳永 直 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング