は、小刻みに前のめりにおそろしく早く歩く。どっちかの肩を前におしだすようにして、工場の門からつきとばされたいきおいで、三吉の左右をすりぬけてゆく。汗のにおい、葉煙草のにおい。さまざまな語尾のみじかいしゃべりやわらいごえ。「バカだよ、お前さんは」「いたいッ」「何がさ?」「……ちゃんによろしく云っといてねッ」――。
 わらい声の一つをききつけて、三吉はハッとする。おぼえのあるわらい声は思いがけなくまじかで、もう顔をそらすひまもなかった。流れのなかをいくらかめだつたかい背の白|浴衣《ゆかた》地がまむかいにきて、視線があったとたん、ややあかっぽい頭髪がうつむいた。
 ――すれちがうとき、女はつれの小娘に肩をぶっつけるようにしてまた笑い声をたてた。ひびく声であった。三吉は橋の袂《たもと》までいって、すぐあと戻りした。流れのはやさと一緒になって坂をのぼり、熊本城の石垣をめぐって、田甫《たんぼ》に沿うた土堤《どて》うえの道路にでる。途中で流れはいくつにもくずれていって、そのへんで人影は少くなった。土堤の斜面はひかげがこくなり、花をつけた露草がいっぱいにしげっている。
 つれの、桃色の腰巻をたらして、裾《すそ》ばしょりしている小娘の方が、ときどきふりかえって三吉の方をにらむ。くろい、あごのしゃくれた小さい顔は、あらわに敵意をみせていた。女は一度もふりむかないけれど、うしろを意識している気《け》ぶりは、うしろ姿のどこにもあらわれている。裾をけひらくような特徴のある歩き方、紅と紫のあわせ帯をしているすらッとした腰のへん。ときどきつれの小娘に肩をよせてから前こごみになってひびかせる笑い声が、三吉をあわてさせるのであるが、そしてきょうもとうとう土堤道のある地点にくるまで、声をかけるどころか、歩いているかんかくをちぢめることさえ出来なかった。
 彼女たちはそこからわかれている、もっと小さな野良道におりて、田甫のあいだを横ぎりながら、むこうにみえている山裾の部落へかえってゆくのであった。腰のへんまで稲の青葉にかくれながらとおざかってゆく。そして幾まがりする野良道を、もうお互いの顔の表情もさだかでなくなるくらいのところで、女はこっちをふりかえって首をかしげてみせる。それまで土堤道につったっている三吉もあわてて首をさげながら、それでほッとよみがえったようになるのであった。――
 たかい鼻と、すらり
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