玄澤ら、また長崎を訪れた。しかし彼等はすべて自分のものとしたのだ。
 そして私の主人公本木昌造はどうであらう。彼は傳統ある家に人となり、前記した通詞の一般的性格のうちに育つた。彼の生涯は幕末の混亂期から明治維新後の文明開化期までをつらぬき、迂餘曲折をきはめてゐる。あるときは日露談判の通辯となり、あるときは、幕府の軍艦の機關長として、長州兵と戰ふかと思へば、あるときは姉公路卿を載せた汽船の長となつて、無事勤皇の大役を果したり、またあるときは八丈島に難破したり、長年月を獄に下つたりする。そしてただ一つ活字だけが二十數年後に完成するのだが、このジグザグな彼の生涯のうちに、通詞の一般的性格をどれだけ、そしてどういふ風に超えただらうか。
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        よせくる波


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      一

 私はむかしの長崎繪圖を都合三枚みることができた。最初の一枚は帝國圖書館でみたもので、安永七年の作である。あとの二枚は友人Kの蒐集したもので、Kの鑑定によると、一枚は天保年間とおぼしきもの、いま一枚は慶應二年頃と判斷されるものである。
 安永の墨一色の「長崎
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