くせねばならず。彼等は官吏にして語學の師匠、仲買人にして商賣人なり――。そしていま一つ附加へて彼は謂ふ。――多くは無主義、無性格の人々なり――。
 これが恐らく和蘭通詞といふものの一般的性格であつたらう。語學といふものも白石、昆陽以來、江戸その他において有力な洋學者があらはれて「蘭學事始」のごときことが起らなかつたらば、それは貿易の必要上、ほんの通詞らの特殊技能以上のものとはならなかつたか知れない。また通詞ら自身でも、少數の人々を除けば、多くは「鼻紙に片假名で發音を書きとつた」だけで用が足りれば、それで滿足だつたにちがひない。しかし歴史の作用は何と妙であらう。かうした人々は同時に外人の家庭の世話から「箸の上げ下しまで」見てゐなければならなかつたせゐで「門前の小僧が習ひもしないのにお經が讀めるといつた類ひで――醫師の眞似事が出來るやうになつた。そして最初は、強ひて病家に乞はれる儘にほんのその場限りの積りで、恐る恐る手術したり、投藥してみたりする。ところが此の無免許先生、案外に成績が良い」(前野蘭化)といつたぐあひで、少數のすぐれた通詞らは通詞の域をいでて、醫術に限らず、その他の學問でも、
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