けたに過ぎないものであつたのをみれば、ときには大きな絶望に襲はれることもあつたかと思ふ。未曾有の變動期「安政の開港」をめぐる幕府の印刷工場も、わづか「プレス印刷」の歴史を殘しただけで、七年の歴史を閉ぢねばならなかつたと同じく、昌造の日本文字の「流し込み活字」は、それが印刷物となつてのこるほどの發展はつひに見ることが出來なかつたのであつた。
 繰り返すやうだが、活字の歴史にとつては、その民族の文字がもつ宿命は何と大きいであらうか。江戸の嘉平の洋活字、長崎の活字板摺立所の洋活字は、まがりなりにも比較的容易に印刷に堪へるものが出來た。しかも日本文字の流し込み活字は、至つて幼稚なものといはれる昌造の「蘭話通辯」をのぞけば、江戸の嘉平、長崎の昌造の苦鬪にも拘らず、今日何一つのこるほどのものがなかつたのである。考へてみればアルハベツトの民族は、前述したやうに木版や木活字の歴史をわづか半世紀足らずしか持たないで、流し込み活字の歴史を十五世紀から十九世紀へかけて四百年も持つた。それと反對にわが日本では「陀羅尼經」の天平時代から徳川の末期まで千年の間、木版と木活字の歴史をもつたかはりに流し込み活字の時代
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