やうなふしが感じられる。
しかしこの種の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話といふものは、科學精神のある純粹さが、生活と凝結しあつて、偶然な事柄を形づくつたとき、一つの藝術的な普遍さと値打をもつて傳説となるものであるが、それが必ずしもコステルなり昌造なりの、發明の實際を説明してゐるわけではあるまい。和蘭にも、コステル以前に木活字はあつた。しかも、コステルがつくつたといふ確かな鉛活字は、今日一本も殘つてゐない。印刷した書物にもコステルのそれと判斷すべきものがないので、世界の印刷歴史家たちの間では、やはりグウテンベルグに、その榮冠を授けてゐるのだと謂はれるが、しかし十五世紀の始めに出來た和蘭の古書に活字印刷の部分があるといふ事實や、コステルの工場から活字を盜んで逃げた職工が、グウテンベルグの生地ドイツ、マインツに住んだといふ傳説や、グウテンベルグの發明後、近代印刷術が全歐洲を席捲していつた徑路のうちでも、和蘭が別系統であるなどの事實があつて、ヤンコ・コステルは、或は架空の人物かも知れないのに、五世紀後の今日もまだ殺すことの出來ない人物である。今日の印
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