手に在つたのか、そのいはれを示した記録を私は知ることができない。併し何故か不思議といふ氣はしない。日本で一番最初にロシヤ語を解したのは、學者でも武士でも醫者でもなく、海上難破してカムチヤツカとかオホツクあたりに漂着した日本の船乘たちであつたことを、多くの記録が語つてるやうに、蝦夷地に住んだ漁夫とか農夫とかは、記録もほとんど傳へ得ない世界において、カムチヤツカ土人や漂流ロシヤ人などと入り雜つて生活してゐただらうと想像することが出來るからである。現實はつねに記録よりも豐富だが、その記録でさへが、長崎と薩摩の間を往來する日本帆船が漂流して、フイリツピンのマニラやハワイ邊まで漂着した事實を傳へてをり、四國沖を航海する鹽をつんだ日本帆船が難破漂流して、太平洋の對岸(ずゐぶん遠い對岸であるが)アメリカ合衆國のオレゴン州コロンビア河口に流れついたなどいふ記録や、もつと北方のカナダ海岸に漂着してアメリカインデヤンの捕虜となつたとか、生きながらへて土人と混血してしまつたと推測されるやうな事實さへ傳へてゐるのだから、スパンベルグ來訪以來五十年の當時、ロシヤ製日本地圖が自然的な力で松前藩士らの手に在つても不
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