「エレキテル時代」から、川本幸民らのそれは一時代を劃してゐるやうだ。「エレキテル時代」のそれは單純に空間に存在する電氣磁氣の眼にみえぬ力におどろいただけであるが、幸民らの時代には電氣分解、つまり電氣の性質内容に踏みこんだときであつたといへよう。幸民の「電胎法」(ガラハニ)が「江戸の活字」に影響してゐるだらうといふ推測は前に述べたが、電氣分解に關する研究なり、知識をもつた蘭學者は當時他にもゐたであらう。弘化から嘉永、安政の初期へかけては「蘭學事始」以來、蘭學者の最も充實した時代だと謂はれる。そして私は箕作阮甫の「陝西紀行長崎日記」のうちにはしなくも吉雄圭齋が電氣分解の實驗をしてみせる個所を發見してびつくりした。それは安政の元年正月で、場所は長崎出島の蘭館においてである。
「――巡見とて、川路君大澤鎭臺に從ひ――一机上に電氣機器あり。錫※[#「竹かんむり/甬」、第4水準2−83−48]の内に一土|壺《こ》を内れ、更に内に錫※[#「竹かんむり/甬」、第4水準2−83−48]を内れ、藥汁を盛る。二行に六座の壺※[#「竹かんむり/甬」、第4水準2−83−48]を並べ、各々扁平銅條を外※[#「竹かんむり/甬」、第4水準2−83−48]につらね、其ガルハニ氣を興し、六壺の前に一硝子瓶をすゑその底に二細孔あり、其口を硝子塞にて固封せる者を置き、中に水を盛りて其半に至るときは、ガルハニ氣の二極に遭ひて水分析せらる。又別に一座の盤面に字を書せる、恰も時儀盤の状の如く、銅※[#「竹かんむり/甬」、第4水準2−83−48]より銅線の表に絹絲を糾纒せる者二條をつらねて、一は盤脚、一は盤底に接すれば、銅線に沿ひて電氣盤面の針を呼應し、針の指す所に應じ、その字を見て其の事の如何たるを知る、其奇巧驚くべし。――吉雄圭齋といへる醫人、精しくフアン・デルベルグよりその法を傳へるよしにて、後に三寶寺に來り、其設置を語りぬ――」と、つれづれの日記とちがひ、まことに精確な描寫ではないか。
これは單純な電氣分解による水の分析である。今日の活字字母面製造に用ひる方式とはちがふけれど、ガラハニ氣を利用して、陰陽二極の面に相互から移しとる原理はすでにここで達せられてゐるのがわかる。「此術ハ一金ヲ他金上ニ沈着セシムル者ニシテ金銀銅鐵石木ヲエラバズ――ソノ上ニ彫刻スル所ノ者ニ銅ヲ着カシメコレヲ剥キテ其形ヲ取リ――」と
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