で来た。医者へもゆけず、ぐるぐるにおしまいた繃帯《ほうたい》に血が滲《にじ》み出ているのが、黒い塀を越して来る外光に映し出されて、いやに眼頭《めがしら》のところで、チラチラするのである。
 恩知らずの川村の畜生め! 餓鬼《がき》時分からの恩をも忘れちまいやがって、俺の頭を打《ぶ》ち割るなんて……覚えてろ! ぶち込まれてから吠面《ほえづら》掻《か》くな……。
 仰向《あおむ》けに、天井板を見つめながら、ヒクヒクと、うずく痛みを、ジッと堪《こら》えた。
 会社がロックアウトをして以来、モウかれこれ四十日である。印刷機械の錆《さび》付きそうな会社の内部に在《あ》って、利平達は、職長仲間の団体を造《つく》って、この争議に最初の間は「公平なる中立」の態度を持すと声明していた。尤《もっと》もそれを信用する争議団員は一人もありはしなかったが……しかし、モウ今日《こんにち》では、利平達は、社長の唯一の手足であり、杖であった。会社の浮沈を我身《わがみ》の浮沈と考えていた。彼等は争議団員中の軟派分子を知っていた。またいろいろの団員中の弱点も知っていた。それで第一に行われたのが、「切り崩し」「義理と人情づくめ誘拐」であった。しかしそれも大した功を奏しなかった。そこで今度は、スキャップ政策をとったが、それも強固な争議団の妨碍《ぼうがい》のために、予測程の成功ではなかった。トラックの中に、荷物の間に五六人のスキャップを積み込んで、会社間近まで来たとき、トラックの運転手と変装していた利平が、ひどくやられたのもこのときであったのだ。
 それでも、職長仲間の血縁関係や、例えば利平のように、親子で勤めている者は、その息子を会社へ送り込んで、どうやら、二百人足らずのスキャップで、一方争議団を脅《おびや》かすため、一面機械を錆《さび》つかせない程度には、空《から》の運転をしていたのである。
「君、会社の中で養生していた方がいいぜ、争議団本部と、くっつき合っている君のうちなんか、まったく物騒だよ」
 仲間にも、しきりと止められた利平であったが、剛情《ごうじょう》な彼は肯《き》かなかった。たかが多勢を恃《たの》んで、時のハズみでする暴行だ。命をとられる程のこともあるまいと思った彼であった。刑事や正服《せいふく》に護《まも》られて、会社から二丁と離れてない自分の家《うち》へ、帰ったのだった。そして負傷した身体
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