小山内薫先生劇場葬公文
久保栄

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)掌《つかさど》る

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)当日|出来《しゅったい》した

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(例)[#地から2字上げ]築地小劇場員一同
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 築地小劇場劇団部主事小山内薫先生は、昭和三年十二月二十五日午後七時、日本橋亀島町旗亭「偕楽園」において発病、主治医蘆原信之氏看護のもとに危篤のまま四谷南寺町七番地の自宅に送られ、同日午後十一時ついに永眠せられた。宿痾の動脈硬化症による心臓麻痺のためである。遺族、近親は遺骸を二階十畳の間に安置し、喪を秘して翌朝に及び、二十六日午前六時を期して、一斉に都下の各新聞社に、先生の逝去を発表した。
 臨終の夜、築地小劇場員中、小山内先生の指名せられた第一諮問委員、土方、青山、友田、北村、第二諮問委員、汐見、東山、和田、水品、久保、土方(梅)および経営主任千早、神尾、秘書土橋は、四谷箪笥町土方宅に会合して葬儀の方法を協議し、数案を携えて遺族、近親にはかり、その裁決を仰いで仏式による劇場葬をもって先生を葬ることに決定した。ただちに土方与志を葬儀委員代表に推し、前記の人々が葬儀委員として事務を掌《つかさど》ることとなった。二十六日午前十時、築地小劇場に劇場員一同を集めて、青山杉作が以上の経過を報告した。
 菩提寺、牛込若松町金谷山宝祥寺の住持秋山暁道師によって先生の戒名は「蘭渓院献文慈薫居士」と名づけられ、二十六日午後三時納棺された。納棺に先立ち、吉田久継氏が遺族の希望によってデスマスクを取った。二十六七日の両夜、遺族、近親、劇壇、文壇、映画界その他の知友子弟一同棺前に侍して通夜を営んだ。
 二十八日は告別式の当日である。午前十時から自宅において最後の読経焼香を行い、午後十二時五分出棺した。喪主小山内徹氏をはじめ遺族、近親、劇場代表者「三田文学」「子分の会」「劇と評論」各代表者が葬列に加わった。劇場員一同は午前十一時式場に参集し、諸般の準備を整えて霊柩を迎えた。各方面から送られた生花造花をもって飾られた舞台の正面に霊柩を安置し、午後一時から宝祥寺住持秋山暁道師によって読経が始められた。次いで劇場を代表して青山杉作が追悼文を朗読し、以下、文芸家協会(長田秀雄氏)国民文芸会(長崎英造氏)学士会(北村喜八代読)三田文学(久保田万太郎氏)松竹興業株式会社(井上伊三郎氏)帝国劇場(山本久三郎氏)新劇協会(畑中蓼坡氏)左翼劇場(小野宮吉氏)新思潮社(青江舜二郎氏)日露芸術協会(金田常三郎氏)芽生座(伊藤基彦氏)子分の会(牛原虚彦氏)劇と評論(北村寿夫氏)の弔辞、ソ同盟対外文化連絡協会長カメネワ夫人の弔電の朗読があった。遺族、近親の焼香の後、劇場代表者土方与志が霊前に香を焚いた。午後二時から一般の焼香に移ったが、その間劇場員、「三田文学」「子分の会」「劇と評論」の代表者は、交互棺側に侍して弔問客に応接した。当日の参会者は、千二百人をくだらなかった。松竹キネマの撮影技師は、告別式の状況をカメラに納めた。午後四時一般焼香を終って、葬列はふたたび式場を発し、同五時半桐ヶ谷火葬場に到着、遺骸を荼毘《だび》に附した。
 二十九日午前八時半、喪主、遺族、近親、築地代表者は四谷自宅を出発して、九時十分火葬場に到着し、骨上げの式を行った。同十時三十分、各方面の関係者は府下北多摩郡多磨村多磨墓地に集合し、埋葬式を営んだ。小山内薫先生の墓標は、同墓地第五区甲の一の側に立てられた。埋葬式の状況も松竹キネマ「子分の会」の尽力によってカメラに撮された。
 翌三十日、初七日の法事を午後二時から金谷山宝祥寺に営んだ。読経の後、遺族、近親、参会者、築地小劇場員の焼香があって、当日|出来《しゅったい》したデスマスクが発表された。午後三時半法事を終って、ここに小山内薫先生の築地小劇場葬は恙《つつが》なく終了した。

          *

 なお告別式当日、霊前に読み上げられた築地小劇場文芸部起草の追悼文は、左のとおりである。
     追悼文
 小山内薫先生
 築地小劇場は、先生の二十有余年にわたる劇壇生活の最後の活動であり、最後の業績でありました。創立以来四年有半、朝夕先生の謦咳《けいがい》に接して、厳父のごとく仰ぎ見、慈母のごとく慕っていたわれわれ八十人の同志は、にわかに先生の死に面して、愕然として為すところを知らなかったのであります。
 顧るに先生は、新鋭の気を負うて劇界に身を投ぜられて以来、常に時代の第一線に立って、創作に翻訳に演出に評論に不断の努力を重ね、日本演劇界の先覚者たる光輝ある使命を果されたのであります。その晩年築地小劇場に拠って後は、半生の間に蓄えられた該博な知識と豊
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