ういけない。迚《とて》も堪らない」彼の心は泣き叫んだ。躯《からだ》を藻掻《もが》く様に振動させた。
巡査は刻々近寄って来る。六尺、五尺、四尺、ああ遂《つい》に立留った。女は媚笑《こび》を見せて巡査に雲崩《なだ》れ掛りそうな姿勢をしながら云い出すのであった。
「一寸お願い致します。此処に居る偽刑事の人が、私を附け廻して仕方がありませんの……」
巡査は鋭い眼を二人に投げた。彼は其眼の光よりも女の云い方の恐ろしさに呆然《ぼうぜん》とした。全くどうして好いのか判《わか》らなくなった。彼の眼の先へ恐ろしい獄舎の建物さえ浮んだ。
女は巡査の答など待たないでどしどし饒舌《しゃべ》り始めた。
「私、今彼処の店へ参りまして、少し許り買物を致しましたんですの。そして此処迄出て参りますと、此人が追蒐《おいか》けて来て、私が不都合な事をしたって取調べようとするんですの。私は何もそんな覚えはありませんし、こんな人から調べられる理由はないんですの。夫れが立派な刑事さんとか巡査さんとか云うんなら何ですけど、此人は只云い掛りでも云って、お金でも取ろうと云うんでしょう……」女の流暢《りゅうちょう》な言葉は上手の演
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