跟けた時から彼女が知って居たのに驚かされた。自責と之れに依って起る恐怖とで全身がわなないた。慄え声で住所と姓名を辛うじて答えた。名刺も云われる儘に出して見せた。初め探偵と称した事の偽も、警視庁刑事と偽った事も女の云った通り白状した。叱られる儘に只平謝罪に謝罪った。彼は疾《とっ》くに既うこうして謝罪りたかったのであったが、流石《さすが》に女の前では出来難《できにく》かった間に、ずんずんと女に引摺《ひきず》られて嘘許り云ったのであった。其処へ持って来て巡査は飽迄《あくまで》彼を追窮した。自分の罪を自覚し自責して居る彼は、彼女が云った様に停車場から女の後を跟けた事から白状した。白状しては叱られた。叱られる度毎に謝罪しては又白状した。
彼は彼女が半襟を袂《たもと》へ抜取った様に見受けた事と、便所の中へ這入って包紙の中へ入れたらしい事とを語った時、女は横合から屡々《しばしば》口を出した。持って居る包みを開いて二人の前へ差し出した。包紙の下には一反の銘仙がある許りであった。其金の請求票も見せられた。袂の中に半襟が無い事も明白と成った。彼は散々に罵倒を浴せられては謝罪を繰返して居た。大罪人である事が今ははっきり自分に判って来た。罰せられるであろうと云う事も朦気《おぼろげ》乍ら判って来た。夫れは諦めなければならないものであった。
「オイッ、一寸待てッ」
巡査の声で彼は大きな恐怖の鉄槌《てっつい》に打たれた。一瞬間の後巡査の顔を見た。巡査は全く外《ほか》の方を見て居った。其眼の先を追った時、其処には中年の、召使とでも云った様な女が途《みち》の脇を小さくなって歩いて居た。
「ハイッ」其女は電気にでも打たれた様に立ち止った。
「此方へ来いッ」巡査は云った。
此処に二人を取調べて居乍ら、巡査の心持には余裕があるのに驚かされた。
「私は何も知りません」中年の女は体を横に撚《ね》じって胸の辺りを隠す様にして行き過ぎようとした。
「待たんかッ」巡査の声は鋭くなった。
「此隙に!」彼の心には逃走の意志が閃《ひらめ》いた。が、次の瞬間に彼は住所を知らした事を思い出した。
中年の女はずるそうな眼をし乍ら近寄って来た。巡査は其方へ向き直った。
「お前は此万引した女から半襟を受取って持って居るだろう。お前達は此先の停留場で落ち合う約束だったろう。所が此女が余り遅いので様子を見に来たに相違ない。所が
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