論陳述は属官が、一語も洩さず速記して居る。一方主任連の凹み方ッたら無い。
 勢を得たので七、八人の者が続いて訴えたが、其《その》了《おわ》ったのは三時にもなっただろう。スルと参事官が立上って、大体要領は得た、更に何か変った、新しい方面の訴《うったえ》は無いかと尋ねた。
 みんなが絶叫し、獅子吼《ししく》したあとではあり、別に新しい種もないので、誰も口をきく者もなかったのに、一人の十八、九の若僧が出しゃ張って、何う変り栄えもせぬ事を、クドクドと東北弁で述べた時……実に其時だった……。
 壇上の席に突ッ立上った大河内参事官閣下が、破れ鐘の様な大声で呶鳴った。
「黙りやがれッ、七《しち》ッくどいッ」
 若僧は一縮《ひとちぢみ》になる、一同呆気にとられてポカーンとした儘、咳払い一つ聞えぬ。
「黙らねえか、五月蠅《うるせ》エや、何ンだ、言う事ア夫れッ切りか、下ら無エ同じ事をツベコベツベコベ、ぬかしやがって耳が草臥《くたび》れらア、コウ手前《てめえ》達ア、此山に居ながら此山の讒訴《ざんそ》をしやがって夫れで済むか、山にもナ、楠孔明《くすのきこうめい》が控えてらア、一番|灰汁《あく》洗いを喰わせたんだゾ。俺は参事官でも四時間でも無エ、高間の初蔵という者だ。手前達の内に良くねエ企らみを為る奴があるので、偽勅使で一杯引ッ掛けたタア真逆《まさか》に気も付くめエ、智慧の足り無エ癖に口|許《ばかり》達者にベラベラ喋りやがって、今に其舌の根ッ子オ引ン抜いてやるから待ってろヨ。今手前達の言立てはすっかり速記にとってあるから夫について言抜は又幾何でも考えられらア、馬鹿野郎共め」
 山本さんも立上って呶鳴った。
「獣《けだもの》め、口先|計《ばかり》達者で、腕力《ちから》も無けりゃ智慧もねエ、様《ざま》ア見やがれ、オイ、閻魔ッ、今|頬桁《ほおげた》叩きやがった餓鬼共ア、グズグズ言わさず――見せしめの為だ――早速片付ちまいねエ」

          (五)

 山田を始め七人の運命は、何の疑《うたがい》を挟む余地もなく、簡単に、礙滞《こだわり》なく、至極男性的に、明白に処断されたのは勿論である。
 一週間後、内務省参事官の一行が、道庁の警察部長を先導に乗込んだ時には、気抜した萎《いじ》けた被虐待者から、疑惑に満ちた冷眼で視られた丈で、一言の不平も、一片の希望も聴き取れずに引き上げた、而《そ》して本省への報告に、
「世間伝うる如き、所謂《いわゆる》監獄部屋の虐待惨酷は、精査の結果、之を認むる能《あた》わず」
[#地付き](〈新青年〉大正十五年三月号発表)



底本:「日本探偵小説全集11 名作集1」創元推理文庫、東京創元社
   1996(平成8)年6月21日初版
   1998(平成10)年8月21日再版
初出:「新青年」
   1926(大正15)年3月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2007年12月9日作成
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