秋の瞳
八木重吉
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     序

 私は、友が無くては、耐へられぬのです。しかし、私には、ありません。この貧しい詩を、これを、読んでくださる方の胸へ捧げます。そして、私を、あなたの友にしてください。


  息を 殺せ

息を ころせ
いきを ころせ
あかんぼが 空を みる
ああ 空を みる

  白 い 枝

白い 枝
ほそく 痛い 枝
わたしのこころに
白い えだ

  哀しみの 火矢《ひや》

はつあきの よるを つらぬく
かなしみの 火矢こそするどく
わづかに 銀色にひらめいてつんざいてゆく
それにいくらのせようと あせつたとて
この わたしのおもたいこころだもの
ああ どうして
そんな うれしいことが できるだらうか

  朗《ほが》らかな 日

いづくにか
ものの
落つる ごとし
音も なく
しきりにも おつらし

  フヱアリの 国

夕ぐれ
夏のしげみを ゆくひとこそ
しづかなる しげみの
はるかなる奥に フヱアリの 国をかんずる

  おほぞらの こころ

わたしよ わたしよ
白鳥となり
らんらんと 透きとほつて
おほぞらを かけり
おほぞらの うるわしいこころに ながれよう

  植 木 屋

あかるい 日だ 
窓のそとをみよ たかいところで
植木屋が ひねもすはたらく

あつい 日だ
用もないのに
わたしのこころで
朝から 刈りつづけてゐるのは いつたいたれだ

  ふるさとの 山

ふるさとの山のなかに うづくまつたとき
さやかにも 私の悔いは もえました
あまりにうつくしい それの ほのほに
しばし わたしは
こしかたの あやまちを 讃むるようなきもちになつた

  しづかな 画家

だれでも みてゐるな、
わたしは ひとりぼつちで描くのだ、
これは ひろい空 しづかな空、
わたしのハイ・ロマンスを この空へ 描いてやらう

  うつくしいもの

わたしみづからのなかでもいい
わたしの外の せかいでも いい
どこにか 「ほんとうに 美しいもの」は ないのか
それが 敵であつても かまわない
及びがたくても よい
ただ 在る[*「在る」に傍点]といふことが 分りさへすれば、
ああ ひさしくも これを追ふにつかれたこころ

  一群の ぶよ[*「ぶよ」に傍点]

いち群のぶよ[*「ぶよ」に傍点]が 舞ふ 秋の落日
(ああ わたしも いけないんだ
他人《ひと》も いけないんだ)
まやまやまやと ぶよ[*「ぶよ」に傍点]が くるめく
(吐息ばかりして くらすわたしなら
死んぢまつたほうが いいのかしら)

  鉛と ちようちよ

鉛《なまり》のなかを
ちようちよが とんでゆく

  花になりたい

えんぜる[*「えんぜる」に傍点]になりたい
花になりたい

  無造作な 雲

無造作な くも、
あのくものあたりへ 死にたい

  大 和 行

大和《やまと》の国の水は こころのようにながれ
はるばると 紀伊とのさかひの山山のつらなり、
ああ 黄金《きん》のほそいいとにひかつて
秋のこころが ふりそそぎます

さとうきびの一片をかじる
きたない子が 築地《ついぢ》からひよつくりとびだすのもうつくしい、
このちさく赤い花も うれしく
しんみりと むねへしみてゆきます

けふはからりと 天気もいいんだし
わけもなく わたしは童話の世界をゆく、
日は うららうららと わづかに白い雲が わき
みかん畑には 少年の日の夢が ねむる

皇陵や、また みささぎのうへの しづかな雲や
追憶は はてしなく うつくしくうまれ、
志幾《しき》の宮の 舞殿《まひでん》にゆかをならして そでをふる
白衣《びやくえ》の 神女《みこ》は くちびるが 紅《あか》い

  咲 く 心

うれしきは
こころ 咲きいづる日なり
秋、山にむかひて うれひあれば
わがこころ 花と咲くなり

  劔《つるぎ》を持つ者

つるぎを もつものが ゐる、
とつぜん、わたしは わたしのまわりに
そのものを するどく 感ずる
つるぎは しづかであり
つるぎを もつ人《ひと》は しづかである
すべて ほのほのごとく しづかである
やるか!?
なんどき 斬りこんでくるかわからぬのだ

  壺《つぼ》のような日

壺のような日 こんな日
宇宙の こころは
彫《きざ》みたい!といふ 衝動にもだへたであらう
こんな 日
「かすかに ほそい声」の主《ぬし》は
光を 暗を そして また
きざみぬしみづからに似た こころを
しづかに つよく きざんだにちがひあるまい、
けふは また なんといふ
壺のような 日なんだらう

  つかれたる 心

あかき 霜月の葉を
窓よりみる日 旅を おもふ
かくのごときは じつに心おごれるに似たれど
まことは
こころ あまりにも つかれたるゆえなり

  かなしみ

このかなしみを
ひとつに 統《す》ぶる 力《ちから》はないか

  美しい 夢

やぶれたこの 窓から
ゆふぐれ 街なみいろづいた 木をみたよる
ひさしぶりに 美しい夢をみた

  心 よ

ほのかにも いろづいてゆく こころ
われながら あいらしいこころよ
ながれ ゆくものよ
さあ それならば ゆくがいい
「役立たぬもの」にあくがれて はてしなく
まぼろしを 追ふて かぎりなく
こころときめいて かけりゆけよ

  死 と 珠《たま》

死 と 珠 と
また おもふべき 今日が きた

  ひびく たましい

ことさら
かつぜんとして 秋がゆふぐれをひろげるころ
たましいは 街を ひたはしりにはしりぬいて
西へ 西へと うちひびいてゆく

  空を 指《さ》す 梢《こずゑ》

そらを 指す
木は かなし
そが ほそき
こずゑの 傷《いた》さ

  赤ん坊が わらふ

赤んぼが わらふ
あかんぼが わらふ
わたしだつて わらふ
あかんぼが わらふ

  花と咲け

鳴く 蟲よ、花 と 咲 け
地 に おつる
この 秋陽《あきび》、花 と 咲 け、
ああ さやかにも
この こころ、咲けよ 花と 咲けよ

  甕《かめ》

甕 を いくつしみたい
この日 ああ
甕よ、こころのしづけさにうかぶ その甕

なんにもない
おまへの うつろよ

甕よ、わたしの むねは
『甕よ!』と おまへを よびながら
あやしくも ふるへる

  心 よ

こころよ
では いつておいで

しかし
また もどつておいでね

やつぱり
ここが いいのだに

こころよ
では 行つておいで

  玉《たま》

わたしは
玉に ならうかしら

わたしには
何《なん》にも 玉にすることはできまいゆえ

  こころの 海《うな》づら

照らされし こころの 海《うな》づら
しづみゆくは なにの 夕陽

しらみゆく ああ その 帆かげ
日は うすれゆけど
明けてゆく 白き ふなうた

  貫《つら》ぬく 光

はじめに ひかりがありました
ひかりは 哀しかつたのです

ひかりは
ありと あらゆるものを
つらぬいて ながれました
あらゆるものに 息《いき》を あたへました
にんげんのこころも
ひかりのなかに うまれました
いつまでも いつまでも
かなしかれと 祝福《いわわ》れながら

  秋の かなしみ

わがこころ
そこの そこより
わらひたき
あきの かなしみ

あきくれば
かなしみの
みなも おかしく
かくも なやまし

みみと めと
はなと くち
いちめんに
くすぐる あきのかなしみ

  泪《なみだ》

泪《なみだ》、泪《なみだ》
ちららしい
なみだの 出あひがしらに

もの 寂びた
哄《わらひ》 が
ふつと なみだを さらつていつたぞ

  石 く れ

石くれを ひろつて
と視、こう視
哭《な》くばかり
ひとつの いしくれを みつめてありし

ややありて 
こころ 躍《おど》れり
されど
やがて こころ おどらずなれり

  竜 舌 蘭

りゆうぜつらん の
あをじろき はだえに 湧く
きわまりも あらぬ
みづ色の 寂びの ひびき

かなしみの ほのほのごとく
さぶしさのほのほの ごとく
りゆうぜつらんの しづけさは
豁然《かつぜん》たる 大空を 仰《あふ》ぎたちたり

  矜持ある 風景

矜持ある 風景
いつしらず
わが こころに 住む
浪《らう》、浪、浪 として しづかなり

  静寂は怒る

静 寂 は 怒 る、
みよ、蒼穹の 怒《いきどほ》りを

  悩ましき 外景

すとうぶを みつめてあれば
すとうぶをたたき切つてみたくなる

ぐわらぐわらとたぎる
この すとうぶの 怪! 寂!

  ほそい がらす

ほそい
がらすが
ぴいん と
われました

  葉

葉よ、
しんしん と
冬日がむしばんでゆく、
おまへも
葉と 現ずるまでは
いらいらと さぶしかつたらうな
葉よ、
葉と 現じたる
この日 おまへの 崇厳

でも、葉よ
いままでは さぶしかつたらうな

  彫られた 空

彫られた 空の しづけさ
無辺際の ちからづよい その木地に
ひたり! と あてられたる
さやかにも 一刀の跡

  しづけさ

ある日
もえさかる ほのほに みいでし
きわまりも あらぬ しづけさ

ある日
憎しみ もだえ
なげきと かなしみの おもわにみいでし
水の それのごとき 静けさ

  夾 竹 桃

おほぞらのもとに 死ぬる
はつ夏の こころ ああ ただひとり
きようちくとうの くれなゐが
はつなつのこころに しみてゆく

  おもひで

おもひでは 琥珀《オパール》の
ましづかに きれいなゆめ
さんらんとふる 嗟嘆《さたん》でさへ
金色《きん》の 葉の おごそかに
ああ、こころ うれしい 煉獄の かげ

人の子は たゆたひながら
うらぶれながら
もだゆる日 もだゆるについで
きわまりしらぬ ケーオスのしじまへ
廓寥と 彫られて 燃え
焔々と たちのぼる したしい風景

  哀しみの海

哀しみの
うなばら かけり

わが玉 われは
うみに なげたり

浪よ
わが玉 かへさじとや

  雲

くものある日
くもは かなしい
くもの ない日
そらは さびしい

  在る日の こころ

ある日の こころ
山となり

ある日の こころ
空となり

ある日の こころ
わたしと なりて さぶし

  幼 い 日

おさない日は
水が もの云ふ日

木が そだてば
そだつひびきが きこゆる日

  痴寂な手

痴寂《ちせき》な手 その手だ、
こころを むしばみ 眸《め》を むしばみ
山を むしばみ 木と草を むしばむ

痴寂な手 石くれを むしばみ
飯を むしばみ かつをぶしを むしばみ
ああ、ねずみの 糞《ふん》さへ むしばんでゆく

わたしを、小《ち》さい 妻を
しづかなる空を 白い雲を
痴寂な手 おまへは むさぼり むしばむ
おお、おろかしい 寂寥の手
おまへは、まあ
じぶんの手をさへ 喰つて しまふのかえ

  くちばしの黄な 黒い鳥

くちばしの 黄いろい
まつ黒い 鳥であつたつけ
ねちねち うすら白い どぶのうへに
籠《かご》のなかで ぎやうつ! とないてゐたつけ、

なにかしら ほそいほそいものが
ピンと すすり哭《な》いてゐるような
そんな 真昼で あつたつけ

  何故に 色があるのか

なぜに 色があるのだらうか
むかし、混沌は さぶし かつた
虚無は 飢えてきたのだ

ある日、虚無の胸のかげの 一抹《いちまつ》が
すうつと 蠱惑《アムブロウジアル》の 翡翠に ながれた
やがて、ねぐるしい ある夜の 盗汗《ねあせ》が
四月の雨にあらわれて 青《ブルウ》に ながれた

  白 き 響

さく、と 食へば
さく、と くわるる この 林檎の 白き肉
なにゆえの このあわただしさぞ
そそくさとくひければ
わが 鼻先きに ぬれし汁《つゆ》

ああ、りんごの 白きにくにただよふ
まさびしく 白きひびき

  丘 を よぢる

丘を よぢ 丘に たてば
こころ わづかに なぐさむに似る

さりながら

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