いて、三角形になっているところが、ちょうど巨大な蟷螂《かまきり》のようだった。北海道の産というが、ちょっと日本ばなれのした日本人である。
 ごみごみした通りや、広い誰もいないような街をぬけて、頭上にたたきこわし[#「たたきこわし」に傍点]をやっているような高架線の通りへ出て、すこし歩くと、またがらんとした大通りへまぎれこむ。そうやっていく通りも街を引きまわされた上、栗の果横丁そっくりの借間のある二階の一室へ案内された。がらんとした部屋に、一人の日本人が小卓にむかって食事をしている。
『三沢君、これシカゴから今ついたばっかりの僕の友人、前田河だよ。』
 何年来の旧友みたいに、木元は紹介する。三沢と呼ばれる男は、糠パンにバターを塗っていた手をとめて、こちらへむきなおった。
『How do you do? ミサワです。』
 扁平ったい声であった。冬もまぢかなのに、テニス用の運動靴をはいている。
 木元は木元で、別行動をとっていた。彼はズボンのポケットから、やにわにウイスキーの罎をぬき出すと大きい掌で飲み口をぐいと拭くと、私の方にさしむけた。
『ともかく、大兄のニュー・ヨーク入りを祝おう。』
『君は数学の先生だって?』
 私は、ちょっと口をあてる真似をして、罎をかえしながら、皮肉のつもりでこう云つた。
『うむ、札幌でよ。餓鬼どもをあいてに、サイン、コサインだなんて、馬鹿々々しくてね、それでも二年ほどやっていたかな、しまいに面倒くさくなって、満洲からアメリカへやって来たのさ。』
 そのあいだ、彼は大口をあいて、煙草色の液体をゴボゴボとからだの中へ注ぎ入れた。
 三沢は、糠パンを歯で食いちぎりながら、恐ろしそうにウィスキーの行方を見まもっていた。
『幾何代数の先生にしちゃア、なかなか活溌だね、木元君は。』
『活溌、すなわち乱暴か。そうさ。俺の叔父が満鉄の理事をやっているんで、学校をやめてから使ってくれっと云って、満洲まで行ったんだが、本社へ出勤して三日とたたぬのに、課長の何とかいう奴に、鉄拳を喰らわせて飛び出した俺だからな。』
 木元は、しきりにウィスキー臭い息を吐き散らした。一コワーツの罎が、あらかたなくなっていた。ニュー・ヨークというところは、私にとっては、全く意外な都会である。面白い。が、すこし迷惑でもある。こうやって、いつまでも、のんべんだらりと、酔払いのあいてをさせら
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