フやうな海の、
生々《なま/\》しくも吃水線は蒼ぐもる、緑の空に見入つてあれば、
折から一人の水死人、思ひ深げに下つてゆく。

其処に忽ち蒼然色《あをーいいろ》は染め出され、おどろしく
またゆるゆると陽のかぎろひのその下《(もと)》を、
アルコールよりもなほ強く、竪琴よりも渺茫《(べうばう)》と、
愛執のにがい茶色も漂つた!

私は知つてゐる稲妻に裂かれる空を竜巻を
打返す浪を潮流を。私は夕べを知つてゐる、
群れ立つ鳩にのぼせたやうな曙光《あけぼの》を、
又人々が見たやうな気のするものを現に見た。

不可思議の畏怖《おそれ》に染《し》みた落日が
紫の長い凝結《こごり》を照らすのは
古代の劇の俳優か、
大浪は遠くにはためき逆巻いてゐる。

私は夢みた、眩いばかり雪降り積つた緑の夜を
接唇《くちづけ》は海の上にゆらりゆらりと立昇り、
未聞の生気は循環し
歌ふがやうな燐光は青に黄色にあざやいだ。

私は従つた、幾月も幾月も、ヒステリックな
牛小舎に似た大浪が暗礁を突撃するのに、
もしもかの光り耀《かゞよ》ふマリアの御足《みあし》が
お望みとあらば太洋に猿轡《(さるぐつわ)》かませ給《たま》ふ
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