ノおはしなば!

     ※[#ローマ数字2、1−13−22]

私は御身を信じます、聖なる母よ、
海のアフロヂテよ!――他の神がその十字架に
我等を繋ぎ給ひてより、御身への道のにがいこと!
肉、大理石、花、※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニュス、私は御身を信じます!
さうです、『人の子』は貧しく醜い、空のもとではほんとに貧しい、
彼は衣服を着けてゐる、何故ならもはや貞潔でない、
何故なら至上の肉体を彼は汚してしまつたのです、
気高いからだを汚いわざで
火に遇つた木偶《でく》といぢけさせました!
それでゐて死の後までも、その蒼ざめた遺骸の中に
生きんとします、最初の美なぞもうないくせに!
そして御身が処女性を、ゆたかに賦与され、
神に似せてお造りなすつたあの偶像、『女』は、
その哀れな魂を男に照らして貰つたおかげで
地下の牢から日の目を見るまで、
ゆるゆる暖められたおかげで、
おかげでもはや娼婦にやなれぬ!
――奇妙な話! かくて世界は偉大な※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニュスの
優しく聖なる御名《みな》に於て、ひややかに笑つてゐる。

     ※[#ローマ数字3、1−13−23]

もしかの時代が帰りもしたらば! もしかの時代が帰りもしたらば!……
だつて『人の子』の時代は過ぎた、『人の子』の役目は終つた。
かの時代が帰りもしたらば、その日こそ、偶像|壊《こぼ》つことにも疲れ、
彼は復活するでもあらう、あの神々から解き放たれて、
天に属する者の如く、諸天を吟味しだすであらう。
理想、砕くすべなき永遠の思想、
かの肉体《にく》に棲む神性は
昇現し、額の下にて燃えるであらう。
そして、凡ゆる地域を探索する、彼を御身が見るだらう時、
諸々の古き軛《(くびき)》の侮蔑者にして、全ての恐怖に勝てる者、
御身は彼に聖・贖罪《(しよくざい)》を給ふでせう。
海の上にて荘厳に、輝く者たる御身はさて、
微笑みつゝは無限の『愛』を、
世界の上に投ぜんと光臨されることでせう。
世界は顫へることでせう、巨大な竪琴さながらに
かぐはしき、巨《おほ》いな愛撫にぞくぞくしながら……

――世界は『愛』に渇《かつ》ゑてゐます。御身よそれをお鎮め下さい、
おゝ肉体のみごとさよ! おゝ素晴らしいみごとさよ!
愛の来復、黎明《よあけ》の凱旋
神々も、英雄達も身を屈め、
エロスや真白のカリピイジュ
薔薇の吹雪にまよひつゝ
足の下《もと》なる花々や、女達をば摘むでせう!

     ※[#「IIII」、158−1]

おゝ偉大なるアリアドネ、おまへはおまへの悲しみを
海に投げ棄てたのだつた、テエゼの船が
陽に燦いて、去つてゆくのを眺めつつ、
おゝ貞順なおまへであつた、闇が傷めたおまへであつた、
黒い葡萄で縁取つた、金の車でリジアスが、
驃※[#「馬+干」、158−7]《(へうかん)》な虎や褐色の豹に牽かせてフリジアの
野をあちこちとさまよつて、青い流に沿ひながら
進んでゆけば仄暗い波も恥ぢ入るけはひです。
牡牛ゼウスはイウロペの裸かの身をば頸にのせ、
軽々とこそ揺すぶれば、波の中にて寒気《さむけ》する
ゼウスの丈夫なその頸《くび》に、白い腕《かひな》をイウロペは掛け、
ゼウスは彼女に送ります、悠然として秋波《ながしめ》を、
彼女はやさしい蒼ざめた自分の頬をゼウスの顔に
さしむけて眼《まなこ》を閉ぢて、彼女は死にます
神聖な接唇《ベエゼ》の只中に、波は音をば立ててます
その金色の泡沫《しはぶき》は、彼女の髪毛に花となる。
夾竹桃と饒舌《おしやべり》な白蓮の間《あはひ》をすべりゆく
夢みる大きい白鳥は、大変|恋々《れんれん》してゐます、
その真つ白の羽をもてレダを胸には抱締めます、
さて※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニュス様のお通りです、
めづらかな腰の丸みよ、反身《そりみ》になつて
幅広の胸に黄金《こがね》をはれがましくも、
雪かと白いそのお腹《なか》には、まつ黒い苔が飾られて、
ヘラクレス、この調練師《ならして》は誇りかに、
獅《(しし)》の毛皮をゆたらかな五体に締めて、
恐《こは》いうちにも優しい顔して、地平の方《かた》へと進みゆく!……
おぼろに照らす夏の月の、月の光に照らされて
立つて夢みる裸身のもの
丈長髪も金に染み蒼ざめ重き波をなす
これぞ御存じアリアドネ、沈黙《しじま》の空を眺めゐる……
苔も閃めく林間の空地《あきち》の中の其処にして、
肌も真白のセレネエは面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《かつぎ》なびくにまかせつつ、
エンデミオンの足許に、怖づ怖づとして、
蒼白い月の光のその中で一寸|接唇《くちづけ》するのです……
泉は遐《(とほ)》くで泣いてます うつとり和《なご》んで泣いてます……
甕《(かめ)》に肘をば突きまし
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