星でなし。
しかすがに彼等とどまる
――シシリーやアルマーニュ、
かの蒼ざめ愁《かな》しい霧の中《うち》、
粛として!
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涙
鳥たちと畜群と、村人達から遐《(とほ)》く離れて、
私はとある叢林の中に、蹲《(しやが)》んで酒を酌んでゐた
榛《(はしばみ)》の、やさしい森に繞られて。
生ツぽい、微温の午後は霧がしてゐた。
かのいたいけなオワズの川、声なき小楡《(こにれ)》、花なき芝生、
垂れ罩《(こ)》めた空から私が酌んだのは――
瓢《ひさご》の中から酌めたのは、味もそつけもありはせぬ
徒《(いたづら)》に汗をかゝせる金の液。
かくて私は旅籠屋《はたごや》の、ボロ看板となつたのだ。
やがて嵐は空を変へ、暗くした。
黒い国々、湖水々々《みづうみみづうみ》、竿や棒、
はては清夜の列柱か、数々の船著場か。
樹々の雨水《あめみづ》砂に滲《し》み
風は空から氷片を、泥池めがけてぶつつけた……
あゝ、金、貝甲の採集人かなんぞのやうに、
私には、酒なぞほんにどうでもよいと申しませう。
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カシスの川
カシスの川は何にも知らずに流れる
異様な谷間を、
百羽の烏が声もて伴《つ》れ添ふ……
ほんによい天使の川波、
樅の林の大きい所作に、
沢山の風がくぐもる時。
すべては流れる、昔の田舎や
訪はれた牙塔や威儀張つた公園の
抗《あらが》ふ神秘とともに流れる。
彷徨《(さまよ)》へる騎士の今は亡き情熱も、
此の附近《あたり》にして人は解する。
それにしてもだ、風の爽かなこと!
飛脚は矢来に何を見るとも
なほも往くだらう元気に元気に。
領主が遣はした森の士卒か、
烏、おまへのやさしい心根《こころね》!
古い木片《きぎれ》で乾杯をする
狡獪な農夫は此処より立去れ。
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朝の思ひ
夏の朝、四時、
愛の睡気がなほも漂ふ
木立の下。東天は吐き出だしてゐる
楽しい夕べのかのかをり。
だが、彼方《かなた》、エスペリイドの太陽の方《かた》、
大いなる工作場では、
シャツ一枚の大工の腕が
もう動いてゐる。
荒寥たるその仕事場で、冷静な、
彼等は豪奢な屋敷の準備《こしらへ》
あでやかな空の下にて微笑せん
都市の富貴の下準備《したごしらへ》。
おゝ、これら嬉しい職人のため
バビロン王の臣下のために、
※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ニュスよ、偶には打棄《うつちや》るがいい
心|驕《(おご)》れる愛人達を。
おゝ、牧人等の女王様!
彼等に酒をお与へなされ
正午《ひる》、海水を浴びるまで
彼等の力が平静に、持ちこたへられますやうに。
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ミシェルとクリスチイヌ
馬鹿な、太陽が軌道を外《はづ》れるなんて!
失せろ、洪水! 路々の影を見ろ。
柳の中や名誉の古庭の中だぞ、
雷雨が先づ大きい雨滴をぶつけるのは。
おゝ、百の仔羊よ、牧歌の中の金髪兵士達よ、
水路橋よ、痩衰へた灌木林よ、
失せろ! 平野も沙漠も牧野も地平線も
雷雨の真ツ赤な化粧《おめかし》だ!
黒犬よ、マントにくるまつた褐色の牧師よ、
目覚ましい稲妻の時を逃れよ。
ブロンドの畜群よ、影と硫黄が漂ふ時には、
ひそかな私室に引籠るがよい。
だがあゝ神様! 私の精神は翔《(と)》んでゆきます
赤く凍つた空を追うて、
レールと長いソローニュの上を
飛び駆ける空の雲の、その真下を。
見よ、千の狼、千の蛮民を
まんざらでもなささうに、
信仰風な雷雨の午後は
漂流民の見られるだらう古代欧羅巴に伴《(つ)》れてゆく!
さてその後刻《あと》には月明の晩! 曠野の限りを、
赤らむだ額を夜空の下に、戦士達
蒼ざめた馬を徐《(しづ)》かに進める!
小石はこの泰然たる隊の足下で音立てる。
――さて黄色い森を明るい谷間を、
碧い眼《め》の嫁を、赤い額の男を、それよゴールの国を、
さては可愛いい足の踰越《すぎこし》祭の白い仔羊を、
ミシェルとクリスチイヌを、キリストを、牧歌の極限を私は想ふ!
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渇の喜劇
※[#ローマ数字1、1−13−21]
祖先《みおや》
私《わし》達はおまへの祖先《みおや》だ、
祖先《みおや》だよ!
月や青物の
冷《ひや》こい汁にしとど濡れ。
私達《わしたち》の粗末なお酒は心を持つてゐましたぞ!
お日様に向つて嘘偽《うそいつはり》のないためには
人間何が必要か? 飲むこつてす。
小生。――野花の上にて息絶ゆること。
私《わし》達はおまへの祖先《みおや》だ、
田園に棲む。
ごらん、柳のむかふを水は、
湿つたお城のぐるりをめぐつて
ずうつと流れてゐるでせう。
さ、酒倉へ行きますよ、
林檎酒《シイドル
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