フをお包みなされたといふ下著をみては吃驚《(びつくり)》するのでありました。
それなのになほも彼女は願ふ、遣瀬なさの限りにゐて、
歔欷《(すすりなき)》に窪んだ枕に伏せて、而も彼女は
至高のお慈悲のみ光の消えざらんやう願ふのであつた
扨|涎《よだれ》が出ました……――夕闇は部屋に中庭に充ちてくる。
少女はもうどうしやうもない。身を動かし腰を伸ばして、
手で青いカーテンを開く、
涼しい空気を少しばかり敷布や
自分のお腹《なか》や熱い胸に入れようとして。
※[#ローマ数字5、1−13−25]
夜中目覚めて、窓はいやに白つぽかつた
灯火《ひかり》をうけたカーテンの青い睡気のその前に。
日曜日のあどけなさの幻影が彼女を捉へる
今の今迄|真紅《まつか》な夢を見てゐたつけが、彼女は鼻血を出しました。
身の潔白を心に感じ身のか弱さを心に感じ
神様の温情《みなさけ》をこころゆくまで味ははうとて、
心臓が、激昂《たかぶ》つたりまた鎮まつたりする、夜を彼女は望んでゐました。
そのやさしい空の色をば心に想ひみながらも、
夜《よる》、触知しがたい聖なる母は、すべての若気を
灰色の沈黙《しじま》に浸してしまひます、
彼女は心が血を流し、声も立て得ぬ憤激が
捌《は》け口見付ける強烈な夜《よる》を望んでゐたのです。
扨|夜《よる》は、彼女を犠牲《にへ》としまた配偶となし、
その星は、燭火《(あかり)》手に持ち、見てました、
白い幽霊とも見える仕事着が干されてあつた中庭に
彼女が下り立ち、黒い妖怪《おばけ》の屋根々々を取払ふのを。
※[#ローマ数字6、1−13−26]
彼女は彼女の聖い夜《よる》をば厠《(かはや)》の中で過ごしました。
燭火《あかり》の所、屋根の穴とも云ひつべき所に向けて
白い気体は流れてゐました、青銅色の果《み》をつけた野葡萄の木は
隣家《となり》の中庭《には》のこつちをばこつそり通り抜けるのでした。
天窗は、ほのぼの明《あか》る火影《あかり》の核心
窓々の、硝子に空がひつそりと鍍金してゐる中庭の中
敷石は、アルカリ水の匂ひして
黒い睡気で一杯の壁の影をば甘んじて受けてゐるのでありました……
※[#ローマ数字7、1−13−27]
誰か恋のやつれや浅ましい恨みを口にするものぞ
また、潔い人をも汚すといふかの憎悪《にくしみ》が
もたらす所為を云ふものぞ、おゝ穢らはしい狂人等、
折も折かの癩が、こんなやさしい肉体を啖《くら》はんとするその時に……
※[#ローマ数字8、1−13−28]
さて彼女に、ヒステリックな錯乱がまたも起つて来ますといふと
彼女は目《ま》のあたり見るのです、幸福な悲愁の思ひに浸りつつ、
恋人が真つ白い無数のマリアを夢みてゐるのを、
愛の一夜の明け方に、いとも悲痛な面持《おももち》で。
※[#始め二重括弧、1−2−54]御存じ? 妾《あたし》が貴方を亡くさせたのです。妾は貴方のお口を心を、
人の持つてるすべてのもの、えゝ、貴方のお持ちのすべてのものを
奪つたのでした。その妾は病気です、妾は寝かせて欲しいのです
夜《よ》の水で水飼はれるといふ、死者達の間に、私は寝かせて欲しいのです
※[#始め二重括弧、1−2−54]妾は稚《わか》かつたのです、キリスト様は妾の息吹をお汚しなすつた、
その時妾は憎悪《にくしみ》が、咽喉《のど》までこみあげましたのです!
貴方は妾の羊毛と、深い髪毛に接唇《くちづけ》ました、
妾はなさるがまゝになつてゐた……あゝ、行つて下さい、その方がよろしいのです、
男の方々《かたがた》は! 愛情こまやかな女といふものが
汚い恐怖《おそれ》を感《おぼ》える時は、どんなにはぢしめられ、
どんなにいためられるものであるかにお気付きならない
又貴方への熱中のすべてが不品行《あやまち》であることにお気付きならない!
※[#始め二重括弧、1−2−54]だつて妾の最初の聖体拝受は取行はれました。
妾は貴方の接唇《くちづけ》を、お受けすることは出来ません、
妾の心と、貴方がお抱きの妾のからだは
エス様の腐つた接唇でうよ/\してます!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
※[#ローマ数字9、1−13−29]
かくて敗れた魂と悲しみ悶える魂は
キリストよ、汝が呪詛の滔々と流れ流れるを感ずるのです、
――男等は、汝が不可侵の『憎悪』の上に停滞《とどま》つてゐた、
死の準備のためにとて、真正な情熱を逃れることにより、
キリストよ! 汝永遠の精力の掠奪者、
父なる神は二千年もの間、汝が蒼白さに捧げしめ給うたといふわけか
恥と頭痛で地に縛られて、
動顛したる、女等のいと悲しげな額をば。
[#改ページ]
酔ひどれ船
私は不感な河を下つて行つたのだ
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