ュギュルタ王とはならん此の者が、
いたいけなりし或る日のこと、
来るべき日の大ジュギュルタの幻影は、
その両親のゐる前で、此の子の上に顕れて、
その境涯を述べた後、さて次のやうに語つた
※[#始め二重括弧、1−2−54]おお我が祖国よ! おお我が労苦に護られし国土よ!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]と
その声は、寸時、風の神に障《さまた》げられて杜切れたが……
※[#始め二重括弧、1−2−54]嘗て悪漢の巣窟、不純なりし羅馬は、
そが狭隘の四壁を毀《こぼ》ち、雪崩《なだ》れ出で、兇悪にも、
そが近隣諸国を併合した。
それより漸く諸方に進み、やがては世界を我が有《もの》とした。
国々は、その圧迫を逃《のが》れんものと、
競ふて武器を執りはしたが、
空しく流血するばかり。
彼等に優《まさ》りし羅馬の軍は、
盟約不賛の諸国をば、その民《たみ》等をば攻め立てた。

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健《すこや》かに
軟風《そよかぜ》の云ふを聞けば、※[#始め二重括弧、1−2−54]これはこれジュギュルタが孫!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]

我、久しきより羅馬の民は、気高《けだか》き魂《たま》を持てると信ぜり、
さはれ成人するに及びて、よくよく見るに
そが胸には、大いなる傷、口を開け、
そが四肢には、有毒な物流れたり。
それや黄金の崇拝!……そは彼等武器執る手にも現れゐたり!……
穢《けが》れたるかの都こそ、世界に君臨しゐたるかと、
よい力試《ちからだめ》し、我こそはそを打倒さんと決心し、世界を統べるその民を、爾来白眼、以て注視を怠らず!……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健《すこや》かに
軟風《そよかぜ》の云ふを聞けば、※[#始め二重括弧、1−2−54]これはこれジュギュルタが孫!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]

当時羅馬はジュギュルタが事に、
介入せんとは企てゐたり、我は
迫りくるそが縄目《なはめ》をば見逃さざりき。立つて羅馬を討たんとは決意せり
かくて我日夜悶々、辛酸の極を甞《(な)》めたり!
おお我が民よ! 我が戦士! わが聖なる下々《しもじも》の者よ!
羅馬、かの至大の女王、世界の誇り、
かの土《ど》は、やがてぞ我が手に瓦解しゆかん。
おお如何に、我等羅馬のかの傭兵、ニュミイド人《びと》等を嗤《(わら)》ひしことぞ!
此の蛮民等はジュギュルタが、あらゆる隙《すき》に乗ぜんとせり
当時世に、彼等に手向ふものとてなかりし!……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健《すこや》かに
軟風《そよかぜ》の云ふを聞けば、※[#始め二重括弧、1−2−54]これはこれジュギュルタが孫!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]

我こそは羅馬の国土に乗り込めり、
その都までも。ニュミイドよ! 汝《なれ》が額に
我|平手打《ひらてうち》を啖《くら》はせり、我は汝等《なれら》傭兵ばらを物の数とも思はざり。
茲にして彼等久しく忘れゐたりし武器を執り、
我亦立つて之に向へり。我は捷利を思はざり、
唯に羅馬に拮抗せんことこそ思へり!
河に拠り、巌嶮《いはほ》に拠りて、我敵軍に対すれば、
敵|勢《ぜい》は、リビイの砂原《すなはら》、或《ある》はまた、丘上の角面堡より攻めんとす。
敵軍の血はわが野山蔽ひつつ、
我がなみならぬ頑強に、四分五裂となりやせり……

彼はアラビヤの山多き地方に生れた、彼は健《すこや》かに
軟風《そよかぜ》の云ふを聞けば、※[#始め二重括弧、1−2−54]これはこれジュギュルタが孫!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]

※[#始め二重括弧、1−2−54]恐らくは我敵|方《かた》の、歩兵隊をも敗りたらむを……
此の時ボキュスが裏切りに遇ひ……思ひ返すも徒《あだ》なれど、
されば我、祖国《くに》も王位も棄て去りて、
羅馬に謀反《むほん》をせしといふ、ことに甘んじてゐたりけり。

さても今|復《また》フランスは、アラビヤの、都督を伐《(う)》ちて誇れるも……
汝《なんぢ》、我が子よ、汝《いまし》もし、此の難関に処しも得ば、
汝《なれ》こそはげにそのかみの、我がため仇を報ずなれ。いざや戦へ!
去《い》にし日の、我等が勇気、今は汝《な》が、心に抱き進めかし、
汝《なれ》等が剣《つるぎ》振り翳せ! ジュギュルタをこそ胸に秘め、
居並ぶ敵を押返し! 国の為なり血を流せ!
おお、アラビヤの獅子共も、此の戦ひに参ぜかし!
鋭き汝《なれ》等が牙をもて、敵の軍勢裂きもせよ!
栄《さかえ》あれ! 神冥の加護|汝《なれ》にあれ!
アラビヤの恥、雪《そゝ》げかし!……※[#終わり二重括弧、1−2−55]

かくて幻影消えゆけば、幼な子は、青竜刀の玩具《おもちや》もて、遊び興じてゐたりけり……


     ※[#ローマ数字2、1−13−22]

ナポレオン! おお! ナポレオン!(1) 此の今様のジュギュルタは、
打負かされて、縛られて、幽閉《おしこ》められて暮したり!
茲にジュギュルタ更《あらた》めて、夢の容姿《かたち》にあらはれて
此の今様のジュギュルタにいとねむごろに云へるやう、
※[#始め二重括弧、1−2−54]新らしき神に来れかし! 汝が災害を忘れかし、
佳き年《とし》今やめぐり来て、フランス汝《なれ》を解放せん……
汝《なれ》は見るべし、フランスの治下に栄ゆるアルジェリア!……
汝《なれ》は容るべし、寛大の、このフランスの条約を、
世に並びなき信仰と、正義の司祭フランスの……
愛せよ、汝がジュギュルタを、心の限り愛すべし
さてジュギュルタが命数を、つゆ忘れずてありねかし

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註(1)アムボワーズの城に幽閉されたりしアブデルカデルは ナポレオン三世の手によりて釈放されたり 時に千八百五十二年
[#ここで字下げ終わり]

     ※[#ローマ数字3、1−13−23]

これぞこれ、汝《な》に顕れしアラビヤが祖国《くに》の精神《こころ》ぞ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]

[#地から16字上げ]千八百六十九年七月二日
[#地から8字上げ]シャルルヴィル公立中学通学生
[#地から1字上げ]ランボオ・ジャン・ニコラス・アルチュル
[#改ページ]

 5 Tempus erat


その頃イエスはナザレに棲んでゐた。
成長に従つて徳も亦漸く成長した。
或る朝、村の家々の、屋根が薔薇色になり初《そ》める頃、
父ジョゼフが目覚める迄に、父の仕事を仕上げやらうと思ひ立ち、
まだ誰も、起きる者とてなかつたが、彼は寝床を抜け出した。
早くも彼は仕事に向ひ、その面容《おもざし》もほがらかに、
大きな鋸《(のこ)》を押したり引いたり、
その幼い手で、多くの板を挽いたのだつた。
遐《とほ》く、高い山の上に、やがて太陽は現れて、
その眩《まぶ》しい光は、貧相な窓に射し込んでゐた。
牛飼達は牛を牽《ひ》き、牧場の方に歩みながら、
その幼い働き手を、その朝の仕事の物音を、てんでに褒めそやしてゐた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]あの子はなんだらう、と彼等は云つた。
綺麗にも綺麗だが、由々しい顔をしてゐるよ。力は腕から迸つてゐる。
若いのに、杉の木を、上手にこなしてゐるところなぞ、まるでもう一人前だ。
昔イラムがソロモンの前で、
大きな杉やお寺の梁《はり》を、
上手に挽いたといふ時も、此の子程熱心はなかつただらう。
それに此の子のからだときたら、葦よりまつたくよくまがる。
鉞《まさかり》使ふ手|許《もと》ときたら、狂ひつこなし。※[#終わり二重括弧、1−2−55]

此の時イエスの母親は、鋸切の音に目を覚まし、
起き出でて、静かにイエスの傍に来て、黙つて、
大きな板を扱ひ兼ねた様子をば、さも不安げに目に留めた。
唇をキツト結んで、その眼眸《まなざし》で庇《かば》ふやうに、暫くその子を眺めてゐたが。
やがて何かをその唇は呟いた。
涙の裡に笑ひを浮かべ……
するとその時鋸が折れ、子供の指は怪我をした。
彼女は自分のま白い着物で、真ツ紅な血をば拭きながら、
軽い叫びを上げた、とみるや、
彼は自分の指を引つ込め、着物の下に匿しながら、
強ひて笑顔をつくろつて、一言《ひとこと》母に何かを云つた。
母は子供にすり寄つて、その指を揉んでやりながら、
ひどく溜息つきながら、その柔い手に接唇《くちづ》けた。
顔は涙に濡れてゐた。
イエスはさして、驚きもせず、※[#始め二重括弧、1−2−54]どうして、母さん泣くのでせう!
ただ鋸の歯が、一寸|擦《かす》つただけですよ!
泣く程のことはありません!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
彼は再び仕事を始め、母は黙つて
蒼ざめて、俯き顔《かほ》に案じてゐたが、
再びその子に眼を遣つて、
※[#始め二重括弧、1−2−54]神様、聖なる御心《みこころ》の、成就致されますやうに!※[#終わり二重括弧、1−2−55]

[#地から4字上げ]千八百七十年
[#地から1字上げ]ア・ランボオ



底本:「中原中也全訳詩集」講談社文芸文庫、講談社
   1990(平成2)年9月10日第1刷発行
   2007(平成19)年1月10日第9刷発行
底本の親本:「中原中也全集 5」角川書店
   1968(昭和43)年4月10日初版発行
初出:「アルチユル・ランボオ・詩集 学校時代の詩」三笠書房
   1933(昭和8)年12月10日初版発行
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、学術記号の「≪」(非常に小さい、2−67)と「≫」(非常に大きい、2−68)に代えて入力しました。 
※ルビのうち括弧()付きのものは、底本の親本「中原中也全集」編纂者によるものである。
(例)羅馬《(ローマ)》
※底本では一行が長くて二行にわたっているところは、二行目が1字下げになっています。
※(1)は注釈番号です。底本では、直前の文字の右横に、ルビのように付いています。
入力:オーシャンズ3
校正:L.P.S.
2009年4月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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