』そう思って、またも片手で猫をつかまえようとするが、ふたたび相手は影も形もない。――『おや、これは一たい何ごとだろう。冗談じゃないよ、あいつ一たい猫かしら?』と、カテリーナ・リヴォーヴナは、ふとそう思った途端に、ぞおっと総毛だたんばかりの恐怖が身うちを突っぱしって、夢魔も睡魔も一ぺんに消しとんでしまった。カテリーナ・リヴォーヴナは、ぐるりと部屋のなかを見まわした。――猫なんぞいはしなかった。美男のセルゲイが寝ていて、その逞ましい片手でもって彼女の胸を、じぶんの火照った顔へ押しつけているだけである。
 カテリーナ・リヴォーヴナは起きあがると、寝床に横坐りになって、セルゲイを接吻ぜめにした、愛撫ぜめにした。やがて、もみくちゃになった羽根ぶとんの皺を直すと、ひとりで庭へお茶をのみに下りていった。太陽はもうすっかり傾いていて、かっかと熱しきった大地には、えもいわれぬ蕩《とろ》かすような暮色が、ようやく垂れこめようとしていた。
「寝坊しちゃったわえ」と、カテリーナ・リヴォーヴナは、アクシーニヤに話しかけて、花ざかりのの林檎の木の下に敷かれた毛氈に坐りこみ、お茶をのみにかかった。――「けどねえ、ア
前へ 次へ
全124ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
レスコーフ ニコライ・セミョーノヴィチ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング