お髯の先に触れることさえ畏れ多い分際であります上に、然るべき剃刀の持合せもございません。持合せておりますのは、ありきたりのロシヤ製の剃刀でございますが、ごぜん様のお顔をあたりますには、イギリス製でなければ叶いません。これは伯爵様のお抱え、あのアルカージイならでは、とても及ぶことではございません。」
弟ぎみはその床屋の面々を、首っ玉つらまえて早々に追い出せと下知しましたが、こっちは却って厄のがれをしてほくほくものでした。弟ぎみはすぐその足で兄ぎみのところへ馬車を乗りつけ、こう言いました。――
「いやどうも兄さん、えらい難儀なお願いがあって参りましたよ。日の暮れぬ前にあんたのお抱えのアルカーシカ奴《め》を、ちょっとわたしに貸し下されて、わしの男ぶりを然るべくととのえさせては貰えんですかい。久しく顔をあたりませんが、当地の床屋どもは手に負えんと申しますでな。」
伯爵は弟ぎみにこう答えなさいました、――
「ここの床屋どもは、無論のことやくざ者だよ。第一そんなものが、この町にいようとは知らなかったね。何しろわたしのところでは、犬の毛を刈るのさえ、抱えの者がやるからな。さて折角のあんたの頼みだ
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