この象徴化された純潔[#「純潔」に傍点]は、伯爵の奥の間へみちびかれるのであった。
「これはね」と、乳母は言うのだった、――「あんたの年ではまだ分らないことでしょうけれど、とにかく一ばん怖ろしいことなのでしたよ。とりわけ、わたしにとってはね。何しろわたしは、アルカージイを想っていたのですものね。わたしは思わず泣きだしました。耳輪を机の上へほうりだして、めそめそ泣くばかりで、その晩の芝居の役のことなんぞ、もう考えてみることもできない始末なのです。」

      ※[#ローマ数字6、1−13−26]

 さて、そうした因果な時にあたって、折も折、おなじく因果な別の難儀がアルカージイの身にもふりかかった。
 陛下に拝謁しようというので、伯爵の弟が草深い持村から出て来たが、それがまた兄貴に輪をかけた醜男《ぶおとこ》な上に、久しい間の田舎ぐらしで制服を着たこともなければ、ひげを剃ったこともない。なにしろ「顔じゅう一めん瘤々だらけ」の御面相だったからなので。ところが今度のような非常の場合になると、何はともあれ正装をして、頭のてっぺんから足の先まで熨斗を当て直し、型どおりの「軍人風」に仕上げる必要
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