、ただこの胸の底に納めてございます。」
「ひょっとするとお前は、弾除けのまじないでも受けていて、それでピストルを怖れんのではないかな。」
「ピストルなんぞ、たわけたものでございます」と、アルカージイは答えました、――「とんと念頭にございませんです。」
「それはまた、どうしたわけだ? まさかお前は、いや主人の伯爵の誓言の方が弟たるこのわしの言葉よりは確かだ、たとえ切り疵をつけたところで、よもやぶっ放しはすまいなどと、高をくくっていたわけでもあるまいな? まじないの力がなければ、一命を失うところだったのだぞ。」
アルカージイは、この弟ぎみの一言を聞くと、またもやぶるりと身をふるわし、半ば夢心地でこう口走りました、――
「まじないこそ掛ってはおりませんが、神様が分別をお授けくだすったのです。あなた様のお手がわたくしを射とうとピストルをお上げになるひまに、こっちが一足お先にこの剃刀で、おのど一杯ざくりと参るつもりだったのでございます。」
そう言い棄てると、一さんに表へ駈けだして、ちょうどよい時刻に芝居小屋へ到着しましたが、いざわたしの顔を作りにかかっても、全身わなわな顫えがとまりません。そして、わたしの房毛をつまんで捲かせようと、唇で息を吹きかけるため屈みこむ度ごとに、一つ言葉をささやきこむのでした、――
「心配するな、連れ出してやるぞ。」
※[#ローマ数字10、1−13−30]
芝居は上首尾で運んでゆきました。というのもわたしたちがみんな、怖ろしいことにも苦しいことにもすっかり馴れっこになって、まるで石像みたいな人間になっていたからです。ですから胸のなかに、どんなわだかまりがあろうと、あるまいと、一切おもてへは表わさず、自分の役はちゃんちゃんとやってのけたのです。
舞台から見ると、伯爵も弟ぎみも来ていました。二人ともとてもよく似ていて、やがて楽屋へ見えた時でも、見分けるのがむずかしいくらいでした。ただ、うちの伯爵は、それはそれは大人しくって、がらり人柄が変ったみたいでした。それはいつもきまって、何かひどく暴れだす前にそうなるのでした。
そこでわたしたちはみんな、心もそらになって、こんなふうに十字を切るのです。
「主よ、恵ませたまえ、救わせたまえ。一たい誰のあたまに、あの人の癇癪玉が破裂するのかしら?」
ところでわたしたちはまだ、アルカーシャの気
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