が、それは無理難題というものだ。というのは、わたしが存命中アルカーシカのやつには、わたし以外の誰の調髪もさせんと固く誓言したからだよ。まあ考えてもごらん――いやしくも一たん約束したことを、わたしがわが家の奴隷の前で、むざむざ破っていいものかな?」
相手はこうやり返します、――
「なんの仔細があるものですか。あんたが定めたことを、あんたが変えるのにさ。」
けれどあるじの伯爵さまは、そんな理窟はいっそ奇怪千万だと答えなさりました。
「一たんわたしが」と仰しゃるのです、――「自分からそんな事をはじめたら、今後うちの者らに示しがつくと思うかな? アルカーシカのやつには、わたしがそう決めたと申し渡してあるし、一同もそれを心得ている。さればこそあいつの給金も、ほかの皆よりは一段と奮発してあるのだから、万一あいつが謀反気を起して、わたし以外の者のつむりにその芸をふるうような真似をしたなら、わたしはやつを死ぬほど鞭打ったうえ、兵隊にやってしまうつもりだよ。」
弟ぎみはこう言います、――
「そのどっちか一つでしょうな――死ぬほど鞭打つか、それとも兵隊にやるか。両方いっしょにやるのは無理でしょうな。」
「まあいい」と伯爵、――「じゃああんたの言う通りにするさ。殺しも半殺しもしない程々に鞭打って、それから兵隊にやるとしよう。」
「ではそれが」と弟ぎみ、――「ぎりぎり結著のお言葉ですか、兄さん?」
「うん、ぎりぎり結著だ。」
「ただそれだけの仔細なんですね?」
「うん、それだけだ。」
「まあまあ、それで安心しました。さもないとわたしは、あんたにとって現在の弟が、そこらの奴隷一匹より安いのかと、そう思うところでしたよ。ではこうしましょう、あんたは約束を破るまでもない、ただあのアルカーシカを、わたしのむく犬の毛を刈込み[#「むく犬の毛を刈込み」に傍点]におよこし下さい。その先あれが何をするかは、わたしの知ったことですて。」
伯爵としては、それまで断わるのは気がひけたのでしょうね。
「よかろう」と伯爵が仰しゃいました、――「では、むく犬を刈込みにやるとしよう。」
「いや、それで結構です。」
弟ぎみはぎゅっと握手をして、馬車を返して行きました。
※[#ローマ数字8、1−13−28]
それはちょうど夕暮れ前で、冬のこととてそろそろたそがれはじめ、召使が灯を入れておりました
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