が女史の天才と熱情とに期待したものも全くそれに外ならない。
女史はニホンでの一切の悪夢からさめて、まず此処に一精進を試みるはずであった。もし女史をしてそれを拒ましめるものがあったならば、それはニホンで不健全にかち得た盛名である。その盛名から徒らにえがき出された「世界のピアニスト」の幻影である。そしてニホンの過渡期の楽界はよし知らず知らずにしても、なおそれに対して誠に申訳のない事をしたとわびなければならぬ。罪は私共ニホン人全体にある。
女史の死因は女史自ら遺書にでも言わない限り、もとより私共の想像を許さない。またニホンでの盛名を事実上多少裏切られた事位で、あれほどに努力を標榜していた女史がその精進の前途を葬ってしまおうとも思われぬ。しかし女史の悲劇的な死が有っても無くても、要するに女史の一生が過渡期の無知なニホンの一犠牲となっていた事に変りはない。今私共がこの哀れなる天才の遺骨を迎えて切に期する事は、将来決して第二の久野ひさ子女史を出さないようにする事である。それが私共の女史に対する心からなる手向けである。
底本:「音楽と生活 兼常清佐随筆集」岩波文庫、岩波書店
1992
前へ
次へ
全7ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
兼常 清佐 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング