の布団の上に這い上ってきた。枯木のように痩せ細った両手が、足から膝へ……。
老婆の重みが、布団を通して感じられた。脚から腰へ、老婆の動きにつれてびっしょり冷たい水が浸み通ってくる。眼は私をみつめたままだ。うらみをふくむのか、うったえるのか、へばりつくように迫ってくる。――腹に乗り上ってきた……。頭のずいからでも流れ出るのであろうか、水の雫は後から後からたらたらと、顔中に流れ、口にあふれる。歯ぐきから吹きだした血は、顎から糸のようにこぼれる。眼玉は生柿色。グラグラの前歯からは地鳴りのようなうめきがもれる。眼を外らそう、せめて頸だけでもねじろうとするが、全くいうことをきかない。やがて、重さが胸にきた。蜘蛛のように細い手が、私の首にからまってきた……。
老婆の顔がすぐ目の前にあった。額のしわが一本々々見える。ぬれ髪が私の顔を覆った。氷のように冷たい息が、血をふくんでふりかかり、むせぶような囁きが耳に入ってきた。目が血ばしっている。と、血のにじんだその眼球が、見る見るうちにふくれあがってぽたり、ぽたりと、私の頬といわず顔といわず、顔中に血が滴り落ちてきた。もう私は息もできなかった。
「あッ!」
いきなり二つの眼球が、ポタリと私の顔の上に落ちてきた――と思うや、まるで崩れるように、音を立てて老婆の顔が、私の上にかぶさってきた。……私は狂気のようにもがいた。と、まるで真空状態からぬけたように、私の体はスポンととびあがった。私は次の瞬間、
「ワアーッ」
と叫んで隣室と境いの襖を蹴破った。
「姉さん!」
「………」
「おばあさんが出た」
「おばあさんだア……」
二人は階段をかけ下りたが、途中で二人共足を踏み外してしまった。そして申し合わせたように気を失い、息をふき返したのは、夜中の二時だった。家中は大騒ぎになった。
「おばあさんの幽霊だって?……そんな馬鹿な」
父は夢でも見たのだろうと言って笑った。しかし、その時は夢中で気付かなかったが、姉も同じ頃同じ目にあっていたのだった。だから私が襖を蹴破った時、姉はすでに起きていて、期せずして「おばあさんがでた」と叫び合ったのだ。姉と私は、女中のかや[#「かや」に傍点][#「女中のかや[#「かや」に傍点]」は底本では「女中のか[#「のか」に傍点]や」]がいれてくれた熱い茶で、やっと人心地をとりもどした。
「ほんとにおかしいね。夢な
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