ゃま、ばかに淋しくていやですね。お台所にいると、なにかゾクゾクしてくるんですよ」
 夜具を敷く女中のかや[#「かや」に傍点]が私にこう話しかけた。私は本箱を整理してから、夜具にあおむいて足を思いきりのばした。
 窓をしめたせいか、部屋の中はいやに蒸し暑い。だが引越の疲れが出たのか、私はいつか深い眠りに陥ちていった。
 それからどのくらい時刻がすぎたか分らないが、ふと眼がさめた。――というよりも何者かに突然起こされたように眼があいたのだ。
 頭は不思議と冴えていた。天井裏をながめる私の眼には、木目までもがはっきりと見えた。壁に目を移すと、額縁が曲って掛っている。(朝になったら真直ぐにしよう)と私は思った。
 私はまた目をつぶった。だがどうしたことか少しも眠くない。と、その時だ、掛布団の足の先の方にものの動く気配を感じたのは……。猫でも迷いこんできたかと、私はふと頭をもちあげたが、とたん、
「アッ――」
 と息をのんだ。
 首! 水でも浴びたようにぐっしょりぬれた生首が見えた。私は二、三度目をしばたたいたが夢でも幻でもなかった。生きた生首だった。どす黒い口許から白い歯が震え、何か蚊の鳴くような声が洩れている。顔面の皮膚は渋茶で、びっしょり雫を垂れた髪が、一すじ二すじ、横じわの額にはりついて、その垂れた髪の毛の間から、カッと見ひらいた眼が、物凄い光を放ってこちらをねめつけている。
 私は大声をだそうとした。飛び起きようとした。だが喉はからからに乾いて、声はおろか身動きもできなかった。妖怪、幽霊というものは、霧のごとくボーッとしているものであると聞いていたが、この老婆の顔は、白眼に浮いた赤糸のような血管まで、はっきりと見えるではないか。躰中に戦慄が走った。必死に目をつぶろうとしたが、どうしたことか瞬き一つ不可能だった。
(アー、恐ろしい)と思った時、老婆の顔がぐらりとゆれた。影でもひくように、首の動きにつれて髪の毛が長く糸を引いた。生首が徐々に浮き上りつつこちらへ迫ってくる。はっとした。だが、次の瞬間、私の目に入ったのは、めくら縞の着物がぴったりとまつわりついた、骨と皮さながらの上半身だった。あばら骨が斜にせりあがっている。私はあまりの恐ろしさに布団を頭から被ろうしたが[#「被ろうしたが」はママ]、はや手足は利かなかった。と、その三尺位のずぶ濡れの体が、四つん這いになり、私
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