とすっきり染出されたのれんをくぐると、さっき斬られた児分のしゅうが、
「サアー、どうぞ御遠慮なく、ズーウト奥の方へ」
 かつらをとる人、衣裳をぬぐ人、鏡で顔を落す人、刀のめききをなおす人、色とりどり、まるで天然色映画をぶちまけたような色模様。
「アー痛い……そー強くふくなよ」
 頬を脱脂綿と薬でふいてもらっている一人の児分、
「失礼ですがニキビでもおつぶしになったのですか」
 心配性のラキ子さんがまゆをひそめると、
「いや、いまの芝居でサッと頬をやられまして、どうも私はそそっかしくていけませんよ。アハハ」
 よく拝見すると、長さ三糎ぐらいの切っさききずから血をふいている。今さらながら、あの切り合う呼吸の瞬間ちょっとでも気がゆるめば、このように深いけがをしなければならない。げに芸道と云うものはなまやさしいものではない。
 明るい鏡の反射をまぶしげに受けて、きちんと座した、そのあたりは綺麗に整頓され、花びんには眼にしみる赤色カーネションが飾られ、かつら下の羽二重も何か楽屋らしい風情を見せ、面はずかしげは[#「面はずかしげは」はママ]眼をふせているのが、さきほど舞台で剣のすごみと、必死のまな
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