と、聞くと、
「いや、そんなことはないですが、今はこのように、上陸する兵隊がまるで少くなったので、日本人でも結構相手にしますよ。盛りの時は、キャバレーなんかよりつけられませんな、何しろ外貨獲得で一生懸命でしたもの、日本人なんか相手にしませんでしたよ。しかしこの頃はこの通りでさァ――」
 と、なんとなくしょげ切っている。山水楼という旅館に旅装をといたのだが、一風呂あびて部屋に帰ると、アアッと驚いた。スーツケースもスケッチブックも、何もかもなくなって姿はない。さて泥棒かと、女中さんを呼べば、
「ハイ、みんな御あずかりしております」
 と、いうので、やれ安心。
「そんなに用心が悪いのかね」
 と、聞くと、
「いや、お客様のお持ち物を大切にするあまりでございます。まことに失礼致しました」
 と、いうのです。なんと親切な女中さんであろうと感心したものである。

 なにしろ、アメリカの艦隊や輸送船の上陸が制限されましたので、佐世保もこのところ困っているのですよ。ここへ落ちる金は莫大なものでごわしてな、それが中絶されたのでまことに不安状態になってしまったのですよ、それに朝鮮の問題が休戦にでもなろうものなら、灯の消えたようになってしまうのですよ。この街の人達も大いに良心的になり、めっぽう高い料金を取ったり、とほうもない価格をつけたり、暴利を注意しましてな、大いに土地の発展に力を入れたいと思っておるのですよ、今までは派遣軍はここで一休みをして英気を養い、戦場に送り込む方式になっていたし、又、戦地で戦った軍人達が一度このところで戦塵を洗い落して行くという、しごくよろしい方式になっておりましたが、米本国の婦人連盟などが、それは若い者にあまり利益にならず、かえって恐ろしきSASEBOKINという菌はこまる……。
「チョッチョットお待ち下さい、そのサセボ菌というのは」
 これは失礼しました。そのあのその……その菌というものは新たにキティ台風とか、何々台風とかいったように戦後現れたつまり新発生した菌でありましてな、これが米国本土の息子をもつ婦人連に問題になりまして、まったく汗顔の至りでございますが、これも何もこの土地ばかりが悪いのではなく、発生さした責任者の罪でございまして真にはや困ってしまったのでございます。まったく世の中というものはとんだ所で妙なものが生まれるものですなア――と聞かさ
前へ 次へ
全4ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小野 佐世男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング