さういふものをみるのは、何かとても悪い事をする様で心配で/\ならなかつた。(いゝだらうか。お許しもないのに。……いつそわけをお話して止めさせて頂かうか……)私は道々さう考へて憂ウツでたまらなかつた。
 宝塚といふ駅で降りる。実に大変な人の波だ。これがみんな……と思ふと何だか情なくなり、又自分もその一人なんだと思ふと腹立だしくなつて勢ひ無愛想になつた。
「ホラ、あそこに行く人ね、頭を男みたいに刈つた人。あゝいふのが歌劇をするのよ」などと親切に教へて下さる叔母様や芳子ちやんのお言葉にも、
「ヤーねー。どうして男のまねなんかするんでせう」などと、わざと反抗的なことを云つてしまつたりする。
 広い劇場へ這入つて、(ヨシ、私は目をつぶつてみまい。さうすればお父様やお母様のお云ひつけに反かないだらう)と思つた。
 そして、始めの中は叔母様や芳子ちやんにわからない様に、そつと眼をつぶつてゐた。しかし眼をつぶつてゐるにはあまりに長すぎて、たうとう私は心ならずも歌劇をみてしまつた。何だかきれいではあつたが、さつぱりわからなかつた。始めの中こそ、お許しを得てゐないことが気がゝりで、眼は舞台をみながら心は悶々としてたのしめなかつたけれど、やつぱり美の幻惑にまどはされて、終には本当に観てしまふのだつた。
 しかし、終つてみるとあんなことを云ひながら、美に魅了されてしまふ自分が妙に腹立たしくなつて、又々叔母様や芳子ちやんに反抗的な無愛想な態度をしめしてしまふのだつた。

 やつとのことで汽車も通る様になり、私はとび立つ思ひで名古屋へ帰つて来た。
 迎へに来て下さつたお母様が自動車へ乗る時に、「ドウ? 始めて歌劇といふものをみせて頂いて面白かつたでせう?」とおつしやつた。
 私は不思議な気持で暫くマジ/\とお母様の顔を見上げてから、(ナーンダ、お母様は許して下さつてたのカー)と心の中でやつと安心した。
 そしてみていゝんだつたら、もつと楽しんで叔父様や叔母様の御好意に充分お報いするのだつたと思つた。
 今も叔母様におあひすると、せつかくの御好意をふみにじつて、あんな生意気な反抗的な態度さへして、どんなにお気持悪くなさつたらうと頭の上らぬ思ひがする。
 あの場合、許して頂けないものであつたとしても、御好意は御好意として受けて充分感謝の気持を表はすべきであつたのに、浅はかな生意気心から、反つて御厚
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