中に阪神地方は二度目の風水害におそはれ、毎日毎日いやな雨がびしよ/\とふりつゞき、不気味な風が吹きあれた。お家はすごい高台だから水の心配はなし、昼間は遊びにとりまぎれて、さほど淋しいとも思はなかつたが、夜になると必ずあばれ出す雷には閉口した。
雨戸がないからガラス戸をとほしてピカツ、ピカツ/\ツと青白い電光がお部屋中を気味悪くてらす。(光ツた!…)と思ふや否や、パリ/\/\ツといふ様なものすごい音がして、ズーンと地ひゞきがする。只でさへ大きらひな雷だが、山の雷だから、そのものすごいことお話にならぬ。コワいのと、さびしいのとで、私はねむるどころのサワギではない。毎晩、毎晩フトンを頭からかぶつては、桑原々々で夜あかしをする。平気でねられる芳子ちやんが羨しくてならなかつた。
淋しさの方はもつと猛烈であつた。
それでなくとも甘えツ子の内辨慶の私へ、大あらしに山の雷と来ちやあ、いかにこゝがすみよくても、落着いてゐられないのもむりではなからう。
私がジリ/\してゐるのに嵐は中々立ち去らず、私は悶々とした日々を送つてゐた。
叔母様も雨の合間々々をみては方々案内して下さつたが、或る日、私は思ひがけぬ所へつれて行つて頂いてしまつた。
「出かけますよ」とおつしやるので、私もどこへ行くのかわからぬまゝに、叔母様と芳子ちやんとについて行つた。
「どこへ行くの?」私が芳子ちやんに伺ふと「エ? 今日? 宝塚よ」芳子ちやんは事もなげにさうおつしやつた。私は思はずドキツとした。だまつてびつくりした眼をあげた。
タカラヅカ……。さあ大変なことになつちやつた。叔母様はタカラヅカへつれて行くとおつしやる。私はほんとに困つた。どうしようかと思つた。折角おつしやつて下さるのにイヤとも云へない。私の足は重くなりがちだつた。家ではお父様もお母様もさういふものをお好みにならない。だから宝塚だとか、お芝居だとかは、生れてまだ一度もつれて行つて頂いたことがない。映画でさへ年に何度と数へるほどしかないのだもの。
だから私たちも又行きたいなどゝ一寸も思はなかつた。お母様方が止むを得ずお出かけの時でも「大きくなつたらつれてつて上げますからね」と云はれて、それを一寸とも不思議と思はなかつた。
さういふものは大人のみるもの、子供がみてはならないもの、そんな風に信じてゐた。だから今、お父様お母様のお許しも得ずに、
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